<コヨーテ> 

 サーウィンが近づいています。生者の世界と向こう側へ行った者たちの世界の間の仕切りはとても薄くなっています。あなたはたそがれ時、森の中の小道を歩いています。夕陽が斜め上から木々の合間を通って照らし、瞬時にやってきた夕闇のなかで、影はますます深くなっています。

 

 葉の擦れる音が聞こえます。振り向くと、ノロジカがびくびくしながら水を飲むために近くのクリークへ行こうとしています。この光景を見ていると、寒さを忘れてしまいそうです。

 

 オオカミたち、しかも大きめのものたちが、木々の合間を縫ってあなたのまわりに集まってきます。悪意に満ちた大きな毛むくじゃらの獣たちは、目をぎらつかせ、身を寄せ合い、サークルを作ってあなたを囲んでいきます。リーダーらしき巨体のオオカミが歯をむき出して、喉から低い唸り声をあげています。オオカミは慎重に動きながら、目でにらみつけて、あなたを釘付けにします。恐怖のあまりあなたはいっさい動けず、叫び声も出せず、ひたすら我慢するしかありません。太陽の最後の輝きがオオカミの牙に反射し、あなたは最悪の事態を思い浮かべます。

 

「やあ! そのまま歩き続けて!」左のほうから大きな声が聞こえ、あなたはひどく驚きます。オオカミたちはその人物が近づいてくると、いっせいに四散し、森の中に走って溶け込んでいきます。

 

「オオカミたちめ! あいつらはときおり虫けらみたいな行動を取るんだ」彼はあなたのほうに向きなおります。「それでいま何をしているんだい?」

「ほんとうにありがとう」あなたはこの奇妙な人物に心を奪われ、口ごもりながらそういいます。助けてくれたことに対し、感謝の念が湧きます。

「どういたしまして。わたしはコヨーテとして知られているものだ。わたしはシャーマンなのだ」

「シャーマンって何ですか」とあなたはたずねます。彼が羽織っている毛皮のケープが本物のオオカミの毛なのか、名前が示す通りコヨーテの毛なのか、気になります。

「シャーマンとはつまり、部族のメディシン・ウーマンか、メディシン・マンということだ。メディシン・マンはジャーニーと呼ばれる医療活動をしている。助けを求められれば、かならずこたえるのだ。古代の人々はこのように、かならず精神的リーダーを持っていたのだ」コヨーテはそう説明し、腋をかくために一息ついた。

 

「ええ、本で読んだことがあります」あなたは知ったかぶりをして答えるでしょう。あなたは村人たちがメディシン・パーソンを尊敬していることを思い出します。彼らは偉大なる智慧や知識を持っています。あなたのコヨーテに関する評価は上がる一方です。

 

 コヨーテは話を続けます。「オオカミはとてもパワフルなトーテムだ。サーウィンがはじまろうという今、こういった獣と会って、それが何を意味すると思う?」

 あなたは一瞬考え込むでしょう。「ええ、たしかにオオカミは群れを成して行動しますし、よき狩人といえるでしょう。おそらくわたしの家族のために備えるということなのでしょう」

「あるいはあなたが間違った時、間違った場所にいるということなのかもしれない」と男は言います。あなたは彼をじっと見つめます。この賢者はおそらく口先だけの男ではないのでしょう。シャーマンというのは、親切な、よきガイドなのではないでしょうか。

「ご存じだろうけど」コヨーテは続けます。「痛んだ髪の賢者がかつて言ったように、タバコはときにはタバコにすぎない。洗ったばかりの車に糞をする鳩にどんなメッセージがあるというのか? <ああ、なんてこった! 鳩の糞のためにおれは下水溝に落っこちるだろう!>やれやれ、冗談は抜きにしてくれ」

 

 あなたは侮辱されたように感じて彼をじっと見るでしょう。シャーマンは咳払いしてニヤリと笑います。

「いや、ごめん。おれは気まぐれな性格の持ち主なので。ときおり自分を抑えることができないんだ」鼻を鳴らしながら彼はそう言います。「何か質問があったのかな」

「ええ、まあ、ちょっと考えてたんだけど」あなたは答えます。「いつも不思議に思うんです。これから先、どういう人生が待ってるんだろうかって。わたしは比較的しあわせなほうだと思います。でももっといろいろとできるんじゃないかと思うんです。何かアドバイスもらえますか」

「うーん」とシャーマンは唸っています。彼は膝をつき、ベルトにはめていたポーチを開けて、中からいくつもの平らで白い円板を取り出しました。あなたはその上に刻まれたものを見ることはできますが、その奇妙なシンボルが何を意味するのかまったくわかりません。推量することもできないのです。彼は両手で杯を作り、それにシンボルを集め、息で吹き飛ばします。吹き飛ばされたものに彼は形を与えることができます。「ハイ!」と彼は叫んでそれらを地面に投げつけます。

 彼はまた「うーん」と唸り、円板をあらゆる角度から眺め、その上に手をかざします。そして眉をひそめます。

「まあ、そう……いや、待って」彼はふたたび円板をよく見ます。そして円板についていた一本の草を払いのけます。

「ああ、そうか、わかったよ」と彼は言ってすぐに円板を集め、それらをポーチに戻しました。彼はあなたを見て、ほほえみます。あなたは彼が見たことについて話すのではないかと心待ちにしています。

 あなたは待ちます。

 さらにもっと待ちます。

 コヨーテは何もしません。筋肉ひとつ動かしません。ついにはあなたは気力なく我慢しながら走り出します。「それで、何を見たのですか」

「え? いや、おれは自分の石を見たまでだ。また見れてうれしかったよ」

「いえ、いえ、そうじゃなく」あなたはそう言いながら彼に向かって手を振ります。「石はあなたに向かって何と言ったのですか」

 コヨーテは不思議そうに首をかしげます。「どうして? 石だよ。石がしゃべるわけがない。いや、バナナだってしゃべるよ、石がしゃべるのなら。で、あなたはどこの学校に行ったんだい?」

 混乱して、また憤慨してあなたはもう一度言います。「わたしが言いたかったのは、円板の上にシンボルが書かれているということです。それらは何かをいみしているんでしょう?」

 コヨーテは理解したふうにうなずきます。「そうだね、きみは正しいよ。たしかにそれらは何かを意味している」そこで彼は話すのをやめます。

 あなたは目をくるくる回して彼に迫ります。「ええ、だから……」

「まあ、縫うこともないよ。おれの役目はくっつけることだからね」

「どうしてあなたの直接的な返事がないのでしょうか」そう言ってあなたは声を上げます。

 コヨーテはニヤリと笑います。「それはオレ様がコヨーテだからさ。魔術の世界の者だからさ! 答えはあげないね。答えは見せるよ。バランスのよくない、間違いだらけの例を示して教えてやるのさ。おれはあんたの目をくもらせてやる。だからあんたには道が見えるだろうよ。あんたには謎々とミステリーをあげるよ。それであんたは何をする? 何をする? 歌うかい? 踊るかい? ひざまずいて憐みを乞うかい? おれに頼めよ! やってみるがいい。あんたが頼めるのはオレだけじゃないからね。答えは自分の内部にあるものさ」そして彼は洞窟を指さしました。

 

 ようやく答えを得て喜びながらあなたは洞窟の入口へと向かいます。そして未知の暗黒を見つめて躊躇します。コウモリがいるのではなかろうか。内部の地面はきれいだろうか。目に見えない障害物がまき散らされていないだろうか。糞が墜ちていないだろうか。これらのどれかが実際にあったら……。あなたは信用することに決めます。おそるおそるあなたは洞窟内部に踏み込みます。

 

「うわっ」叫び声に驚いたあなたは自分自身叫び声をあげてしまいます。そして沸き起こる笑い声を聞いてあなたはコヨーテがどうやってか先回りして洞窟内に入り、あなたを驚かそうとしたことに気づくのです。入口で見事にはめられながら、跳ね回るシャーマンを完全に無視しつつ、あなたは洞窟の中を進んでいきます。

 洞窟の中はひんやりとし、寒いといってもいいくらいです。そして氷のような刺激性の匂いがします。また水のぽたぽた落ちる音が聞こえます。それは洞窟の壁に反響し、一種の音楽を奏でています。足の前に慎重に足を出して、あなたは岩に囲まれ、手を伸ばし、壁にぶつからないように進んでいきます。あなたはかなりの距離を進み、立ち止まって耳を澄まします。水の音楽はまだ流れています。しかしほかには何も聞こえません。でも――よく聞いてください。なめらかな、やわらかい、リズミカルな音の向こうに、かすかに寝息が聞こえるのです。大きな獣の寝息の音です。あなたの心臓は高鳴ります。コヨーテはあなたを熊のねぐらに案内したのでしょうか。いや、あなたを生命の危険にさらすようなことはしないでしょう。あなたは息を飲んで洞窟の奥深くへと進みます。しかし息の音はしだいに大きくなります。それが何であろうと、かなり近づいているのです。忍び足で近づいたのか、突然息をしている獣があなたの前に姿を現します。いまや息とともに唸り声が聞こえてくるのです。あなたはあとずさりをはじめるのですが、あなたは息と唸り声の音に取り囲まれてしまったかのようです。あなたはどちらに進むべきかわからなくなり、混乱してしまいます。パニックになったあなたは走り出します。そして凍てつく冷たい水にあなたは弾き飛ばされます。

 

 あなたの目の前で耳障りな笑い声が沸き起こります。あなたは大声で毒づきます。またしてもコヨーテだな! あなたは迷子になり、混乱し、寒さに震え、怒りまくり、しかも全身びっしょり濡れていたのです。シャーマンがどんな智慧を授けようとも、いま何の役にも立ちません。ぐるりとまわりを見回して、あなたは小さな明かりを見つけます。あなたはそちらに向かって進み、洞窟の入口に到達します。外に出ると、そよ風が冷たくて、あなたはブルブル震えます。そして怒りを抑えられないまま、トリックスターを大声で呼びます。

 

 彼はあなたの前に現れ、口を大きく開けて笑っています。「あんたは何を発見した? 洞窟の中で何を見た? さあ、話して! 知りたいよ!」

「あんたも、あんたのトリックも、糞くらえだ!」あなたは彼の不誠実さにうんざりしてわめいてしまう。「このたわごとから何を学ぶべきでしょう?」

 コヨーテは跳ね回るのをやめ、真顔になります。

「まず自分のばかばかしさを見るべきじゃないかい? おれからの提案だが、あんたは知られざる空間に入った。そこであんたは何かの音を聞いた。熊か、ドラゴンか、あるいは騒がしいリスのしわざか。あんたはバケツ一杯の冷水で驚いちまった。そしてオレに向かって怒っている。あんたはそれでどういうリアクションを取ったのだ? あんたは自分を笑うこともできた。自分のミスをあざ笑うことができた。悲しそうに笑い、理解した。怒りを選んだのは自分自身だ。フラストレーションをためていたのはあんた自身だ。

 

「あんたの答えは内側にある。でもあんたはどの<内側>なのか尋ねなかった。おれが指し示したとき、あんたは自動人形みたいに歩いていった。おれに質問することなく、自分自身に聞くこともなく、あんたは単純に行進していった。タロットの愚者みたいに崖から踏み出したのだ。

 

「あんたは考えたり行動したりするかわりになぜそんな反応をしているか自身に尋ねたぁもしれない。あんたは子供のとき年長者の言うことを聞くように訓練された。だが今、あんたは考えることも息をすることもできるおとなだ。疑問を持たずに従うなんてのは、過去のことだ。

 

「あんたの怒りがおれに向けられているのは、お門違いってもんだ。じつは気づいているだろう、より怒っているのは自分自身であることを。だれが愚者なのかな?」

 コヨーテは腕を組み、首をかしげ、我慢の表情となる。あなたの顔からはいまだ怒りが消えていない。しかし彼の言葉が沈むにしたがい、あなたの筋肉はゆるみ、あなたは最終的にこの奇妙な智慧について熟考するようになる。あなたはため息をつき、答える心の準備をする。

 

「わたしは答えを見つけるために自分自身の外側を探しました。あなたはトリックスターかもしれません。でも知識ある人でもあるし、思うに、ある種のパワーがある人でもあります。わたしはあなたを見ました。わたしを導き、救ってくれるのではないかと思うのです。答えがするりと抜けていく感じで、フラストレーションがたまりました。わたしは過保護で育ったわけではありません。でもすべてが簡単にいくように願っていたのは事実です。答えが手渡しでもらえると期待していたのです。何がベストであるか知るほど自分自身を信用していたわけではありません。答えはわたしの内部にあるのです。トーテムの中や洞窟、シャーマンの中にあるのではありません」

 コヨーテはもう一度口を開きました。

「石、教師、トーテム、書物……これらはヒントや洞察を与え、あなたを正しい答えへと導いてくれるでしょう。でもそれらの中に、あるいはそれらそのものに答えがあるわけではありません。物事の本当の意味はつねにあなたの中にあるのです。たしかにこういったものを道具として使うのもいいでしょう。しかしこれらが細かいところまで何かを持っていると信じるべきではありません」

 

 コヨーテが正しいことをあなたは知っています。するべきことが自分の内側にあることをあなたは知っています。自分だけが選べることも知っています。こうしたことをやっていくだけの強さがあります。それはまたたく星々を見つめるようなものです。あなたはもう一度シャーマンのほうを見つめます。彼の目の中にまたたく星々を見つけます。

 

「ブーイングだね」彼はやさしく言います。わたしはニヤリと笑い返すのです。

 

 

 


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