序 

チベット医学略史 

 

 伝承によれば、チベット医学の根本的な論文はブッダ・シャカムニ本人までさかのぼることができます。そこから古代の規律ができたのであり、最近作られたものではありません。

仏教がチベットに導入されたのはチベット第24代国王トトリ・ニェンツェン王(367年生まれ?)の時代のことと言われています。そのときアヴァローキテーシュヴァラ(観音)に捧げたカランダヴューハ経典が入った小箱と黄金のストゥーパが天からチベットの最初の王宮ユンブラカンの屋根に落ちてきました。

 われわれがチベット医学と呼ぶものも、おなじ国王の時代にもたらされました。二人の医者、ビジ・ガジェと明妃(伴侶)のビラ・ガゼイがインドからチベットにやってきて、トトリ・ニェンツェン王の王宮で治療活動を行いました。

 ブッダガヤでは、覚醒した慈悲の女性の体現であるターラーが幻影のなかで彼らの前に姿を現し、チベットへ行って治療を施し、医学を教えよと告げました。それゆえ何世代にもわたってこの医学大系は、書物に記されることなく、師から弟子へと口承で伝えられてきました。

 トトリ・ニェンツェン王は娘のひとりイキ・ロルチャを、ビジ・ガジェに嫁がせました。ビジ・ガジェは24年間チベットに滞在し、治療活動をつづけました。この婚姻の結びつきからドゥンギ・トルチョクという名の息子が生まれました。この名は髪の毛が白く(ドゥンは白法螺貝の意味)、頭のてっぺんで巻いて固めていることからつけられました。

 つぎの7世代はみなロドゥという名前を持ちました。彼らは王宮専属の医者でした。7代目はロドゥ・シェンイェンで、ソンツェン・ガムポ王(617650)の父親の専属医師でした。息子キュンポはソンツェン・ガムポ王の専属医師になりました。

 この医学大系はソンツェン・ガムポ王の時代にはじめて書き記されました。キュンポの息子デジェー・ヴァジュラは医学の勉強をするために、インドへ3回も旅をしました。また125歳まで生きたその息子ユトク・ユンテン・ゴンポは、チソン・デツェン王(742797)の専属医でした。この医学大系がさかんになり、チベット中に広まったのはこの王の時代でした。

 歴代の国王のなかでももっとも重要なチソン・デツェン王は、8世紀後半、インドからチベットに仏教がもたらされた時代の王でした。最初の仏教僧院サムイェー寺が建立されたのも彼の治世の期間のことでした。非常に多くのサンスクリット経典がここサムイェー寺でチベット語に翻訳されました。これらの経典によって、仏教僧院の規律から、スートラ(顕教経典)やヴァジュラヤーナ(金剛乗)の秘められた教えを明らかにする多数のタントラ(密教)、また古典的なインド仏教文化の知識のその他さまざまな分野まで、仏教の伝統全体が明らかにされました。こうしてこの時代は、チベットにおける仏教の最初の繁栄期となったのです。

 11世紀、トルコのイスラム教徒が(アフガニスタン・ガズナ朝のマフムード率いる軍隊のこと)インドに侵入し、仏教の諸経典や医学に関する書物を焼却し、仏教寺院を破壊しました。チベット語に翻訳された医学関係の仏典のサンスクリット原本も多くはこのとき消失してしまったのです。最近のインド仏教文学への関心の高まりもあって、ヴァーラーナシーやインドのほかの地域のチベット人やインド人の学者たちは、協力してチベット語訳からサンスクリット語原本ヴァージョンを復活させようと試みています。

 ブッダ・シャキャムニは35歳のとき北インドのブッダガヤで悟りを開いたのですが、このときの教えがオリジナルです。はじめての講釈が5人の弟子にたいしてなされました。その教えが「4つの高貴な真実」(四諦)です。それはブッダの教え全体の出発点でした。それから何年にもわたってブッダは倫理的な規律に関する基本的な教えからもっとも秘められたヴァジュラヤーナの教えまで、数多くの説教が与えられました。彼が教えたスートラ、タントラ両者に医学への言及がありました。

 はるか昔、ブッダ・ヴァイディヤラージャは地上に現れ、多くの教えをもたらしました。その最初の教えは4つのタントラでした。ブッダ・シャカムニはブッダ・ヴァイディヤラージャの教えを守り、彼自身それをヴァーラーナシーで教えました。

 経典『ヴィバーシャーコーシャ』のなかで、インドの仏教パンディット(博識者)ヴァスバンドゥは、スダルシャナの領域でブッダ・ヴァイディヤラージャの姿をとり、『4つの医学タントラ』のなかでブッダが教えた医学の8支に言及しています。

 ヴァイディヤラージャの姿をとったブッダは幻影のなかで、頭の頂からヴァイローチャを現出させている。これは真理の絶対的本質の原初の智慧を象徴している。喉からはブッダ・アミターバを現出させています。これは識別の原初の智慧を象徴しています。心臓からはブッダ・アクショービヤを現出させています。これは鏡のような原初の智慧を象徴しています。へそからはラトナサンバヴァを現出させています。これは平等の原初の智慧を象徴しています。そして生殖器からはアモーガシッディを現出させています。これは達成の原初の智慧を象徴しています。

 光線は舌から発せられ、すべての生きるものの言葉の汚染を浄化します。そしてこれらの光線が後退したとき、ブッダの言葉の人格化されたもの、とくにアミターバの本性であり、認識の原初の智慧であるリシ・マナシジャが出現するのです。彼はブッダ・ヴァイディヤラージャのまわりを三度まわり、4つのタントラを要求しました。

 なぜブッダの化身がブッダ自身からこのような教えを要求するのでしょうか。このときブッダは4種の弟子の従者に囲まれていました。すなわち、デーヴァ、リシ、仏教徒、非仏教徒です。しかし彼らはブッダに医学に関する教えを要求する勇気がありませんでした。そこでリシ・マナシジャがブッダ・ヴァイディヤラージャに医学タントラを要求したのです。

 それにこたえてブッダ・ヴァイディヤラージャは心臓からアクショービヤを現出させました。そして根本タントラと呼ばれる4つのタントラの最初の巻を教えました。それから彼は頭の頂からヴァイローチャナを現出させ、解説タントラについて教えました。つぎにへそからラトナサンバヴァを現出させ、口承指示タントラについて教えました。最後に彼は生殖器あたりからアモーガシッディを現出させ、最後のタントラについて教えました。

 ブッダ・ヴァイディヤラージャの言葉はひとつにすぎませんが、4種の弟子それぞれによって違って聞こえました。たとえばデーヴァは聞こえ方にしたがって彼ら自身の法統を持つにいたりました。リシもまた彼ら自身の法統を持ちました。仏教徒や非仏教徒も同様だったのです。