夢見る者の死者の書 

オィンガスの夢 

 

 結局のところバンシーは私たちを他界へ招待してくれる、あるいはエスコートしてくれる。それは肉体の死につづく旅であるとともに、物理的な世界を超え、向こうから魔術とパワーをもって肉体に戻ってくる旅でもある。

 サワン(Samhain)祭、あるいはハロウィーン祭になると、あちこちにバンシーが出没する。昔から人々を震え上がらせてきたバンシーの恐怖をあらためて思い起こさせるのは「オィンガス(Aengus)の夢の物語」である。この物語の英雄はバンシーにとらえられるかもしれないとおびえるどころか、外に出てそれを捕まえようと思い立った。すでに夢の恋人として、バンシーは夜な夜な彼のもとを訪れていた。

この荒削りのラブストーリーに一生の間魅せられつづけたのはイェイツだった。インスピレーションを得た彼は数多くの詩編をものにした。詩人がそう呼んだように、われわれもこの物語の英雄をオィンガスと呼ぼう。

 オィンガスは恋人であり、恋人たちの友人だった。彼はトリックスターであり、シャーマンであり、魂のヒーラーだった。彼は「マコック(mac Oc)」、「若き息子」、永遠の若者だった。彼は最近の旅行者にニューグレンジとして知られている「驚異の丘」の下のブルー・ナ・ボーニャ(Brugh na Boinne)に住んでいた。女性ならだれでもオィンガスの夢を見た。彼の蝶のキスは彼女らの唇や秘部に軽く触れた。

 しかしオィンガスはもはや彼自身の夢の主人ではなかった。彼の夢には女主人がいた。彼女がはじめてベッドサイドに現れたとき、彼女の赤い金色の髪の輝きのなかで、ヴェールをまとった白くてほっそりとした身体は、音楽に合わせてダンスを舞っていた。その音楽は彼をハープにして奏でられ、彼をタンバリンのように震わせた。音楽と情熱的な欲望の高まりによって駆り立てられた彼は野生の白鳥となり、彼女とともに異なる風景へと飛翔していった。

 朝、疲れ切った彼は ベッドから転がり出るのがやっとだった。ものうげで、力が出ず、得意とするセックスも興味さえわかなくなった。このような状態が毎晩、毎日つづいた。母親も気が気でなかった。

 有名な医者を呼びにやった。彼は腕の立つ医者だったので、玄関の扉から入る前に、屋根から出る煙の形を見ることによって、家の中の何が悪いか診断することができた。医者はすぐにオィンガスの魂がそこにいないことがわかった。すなわち魂が身体を離れ、夢の恋人と過ごしていることをつきとめたのである。治療するには、身体と魂をまたひとつにする必要があった。夢の少女を見つけ、アストラル体の身体だけでなく、物理的な身体をひとつにしなければならなかった。

 オィンガスは夢の少女の姿を正確に描くことができるだろうか。彼女の赤い金色の髪や真珠のように透き通った白い肌、形のいい胸について語るとき、彼は彼女に会いたくてしょうがなかった。よく言ってくれたわ、とオィンガスの母親は言って、さっそく準備に取り掛かった。彼女は古代アイルランドの君主国トゥアハ・デ・ダナン(Tuatha de danann)の女王であり、おそらく神々の一員だった。彼女はオィンガスが描写した少女を探すべく探索隊を派遣した。

 しかし事はそんなに簡単にはいかなかった。というのも夢の恋人はシーに属していて、妖精の霧の中に隠れて見えなかったからだ。一年が過ぎたが、手掛かりは何も見つからなかった。いまオィンガスの父が呼ばれた。彼は古い神々のなかでも「大いなる男」と呼ばれるダグダだった。

 ダグダが持つ八つ又の棍棒は、怒りに任せて振るとその端が簡単に死をもたらした。しかしもう片方の端は簡単に死者をこの世に戻させた。しかし彼は夢の恋人を見つけることもできなければ、助けることもできなかった。ただ先見の明のあるマンスター国のシーのボーヴ王を推薦しただけだったが、それは妖精としての務めを果たしたにすぎなかった。

 ボーヴ王は彼女のあとを追跡し、いくつものほかの「驚異の丘」にたどりついた。感覚が生きている「驚異の丘」は、アイルランド全体を乳房の多い女神に仕立てていた。少女はバンシー(bean sidhe)だった。そして彼女はバンシーにふさわしい名前を持っていた。その名はイチイの実を意味するカイル・イボルマス(Caer Ibormeith)だった。風景中のすべての木のなかでイチイはもっとも死と親しく、それを連想させるものだった。

 オィンガスは自らを奮い立たせて「イチイの実」の丘に行かなければならなかった。そしてバンシーの様子を探り、彼女が夢に見た少女であることを確信した。彼女に間違いなかった。彼女の美しさは、まわりの「50の3倍」の高貴な婦人方の美しさよりも輝いていた。「イチイの実」は金色の鎖を着けていたが、婦人方はみな首に銀色の鎖を着けていた。

 異なるストーリーであっても、この時点でわれわれが期待するとおり、夢の恋人たちは互いの胸に飛び込み、それからふたりで駆け落ちをすることだろう。結局二年間、彼らは毎晩それを繰り返すのである。しかし事は単純ではなかった。

 第一に「イチイの実」の驚異の丘は悪名高い女王メイヴと嫉妬深い夫アリルの領地のなかにあった。だから彼らはないがしろにされるべきではなかった。彼らは恋人たちがいっしょになるのを助けると約束したが、「イチイの実」の父親はそんなことを望んでいなかった。ダグダとアリル王が力を合わせて妖精の要塞を襲ったあとも、父親は娘を離さなかった。

 秘密が学ばれるまでにたくさんの試練や戦いがあった。

 「イチイの実」は魔法をかけられた。ときにはかかっているのは呪いだった。ときには、より深い言い方では、贈り物だった。

 彼女はひとつの姿にとどまらなかった。一年間美しい女として過ごしたあと、つぎの一年は白鳥だった。そのあとは変身を繰り返した。姿を変えるのはサワンの日だった。もしオィンガスが勝ったなら、彼はこの境界線上のかぎられた日に「竜の口」という名の湖の上で彼女を探さなければならなかった。

 サワンの日、オィンガスは竜の口に行った。彼は「50の3倍」の首の周りに銀の鎖を巻いた白鳥と金色の鎖を巻いた一羽の白鳥を見つけた。彼は美しい白鳥の姿をした恋人をすぐ見つけ出し、「イチイの実」の名を呼び、彼のもとに飛んでくるように頼んだ。しかし彼女は断った。

「私とおなじ姿にならなければなりません」

 オィンガスは変身し、首の長い鳥になった。彼らはつがいになり、輝きのなかで羽ばたきながら、竜の口の湖の深みの上を飛んだ。彼らはブルー・ナ・ボーニャ、すなわち現在のニューグレンジの宮殿へと飛翔した。彼らの羽ばたきが奏でる音楽があまりにも美しく、心地よかったので、その地はすべてが平穏になり、人々は楽しい夢を見て、三日間そこから動かなかったという。

 それは驚くべき物語である。ハロウィーンのとき、一つの世界からもう一つの世界へ恋人を移す機会を得た、愛に魅せられた愛の神の物語である。

 オィンガスの夢の物語のなかでもっともよく知られたもののなかでは、死は言及されない。グレゴリー夫人のバージョンではサワンのことさえ(驚くべきことに)触れられていない。しかし物語全体を見るなら、これはいわば偽装された死とのダンスである。

 この物語には、私たちの魂の一部が離れていったときに起こる「生のなかの死」が含まれている。それは苦痛や虐待、心痛によって、この場合は日常世界を超えた何かを希求することによって引き起こされるのである。

 この物語にはまた、死者の国からだれか、あるいは何かを救出しようとしていることが含まれている。すでに述べたように「イチイの実」の名前そのものが、正体を明かしてしまっている。彼女の「驚異の丘」は実際、地下世界の一部であり、彼女の父親は死者の国の王子のひとりなのである。

 これについて述べられた散文を私はほとんど見たことがないが、イェイツは「メイヴ女王の老齢」のなかで、詩的な文章で洞察を試みている。この驚嘆すべき詩文のなかで、オィンガスは、眠っているメイヴ女王の夫の声を借りて、父の暗い王国から愛する人を解放するために、手助けするよう女王に要求する。メイヴ女王が妖精の丘を開くことに同意したとき、地下世界から飛んできた守護者たちを見て掘り手たちはパニックを起こす。襲ってきたのは「銀の牙、影の身体、真珠のような盲目の目を持った大きな猫たち」と「赤耳の生えた長くて白い身体をもった猟犬」だったのである。

 恐怖か美か、バンシーか夢の恋人か。あるいは対極にあるというのは間違いか。薄いとばりの夜、われわれが立ち向かわないかぎり、他界の宝物、すなわち日常世界にはない大きな愛を所有すると主張することはできない。

この物語のオィンガスは、さまよって死者の世界に迷い込んだ魂を、あるいは他界に捕らわれている魂を解放するシャーマンである。ほかの物語では、オィンガスは魂を吸い込み、ディルムッドの身体に魂を戻す魂のヒーラーであり、守護者である。しばらくの間、エーディンの蝶の魂は精霊の家(ブルー)に安全に保護された。