1章 (要約) 

 ケサル王の時代、チベットは混乱していた。指導者たちは互いの争いに疲れ果て、悪魔の力は以前にも増して強大になり、害毒をまき散らしていた。そして仏教の教えは風前の灯だった。

慈悲のボーディサットヴァ(菩薩)であるアーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラ(観音)は、その慈しみの心ですべてのものを包みこんでいる。とくに雪の国チベットにたいしては、その守護者である。それゆえこの未曽有の困難な時期、アヴァローキテーシュヴァラは、スカーヴァティーの浄土(極楽浄土)に住むアミターバ(阿弥陀仏)に祝福と助力を嘆願した。

 アミターバはつぎのようにこたえた。

「より高次の浄土には、デムチョク・カルポ・ンガンヤクという名の聖なる王子がいます。その父はウッデン・カル、母はマンダー・ラゼイです。彼の妻はギュマ・ラゼイです。彼らが授かった息子は、アクショービヤ・ブッダ(阿シュク仏)の心から放たれた慈悲の光線から生まれました。この子は彼の声を聞く者すべてに喜びを与えます。それゆえ名をトゥパガワ(聞喜)というのです。トゥパガワは彼を見る者すべてにも喜びを与えることができます。もし彼がジャムブードヴィーパ(閻浮提)、すなわち人間の世界に来たなら、もっとも支配しがたいものをも調伏することができるでしょう。この伝言をチャーマラ、すなわち南西の大陸の食人鬼が住む世界に現在滞在している蓮の髑髏の首飾り、ことグル・パドマサンバヴァのもとへ送ってください」

 アヴァローキテーシュヴァラは食人鬼の子に姿を変え、南西大陸へ向かった。到着すると、彼は7頭食人鬼(ラークシャ)の大臣と会い、ユーモラスな会話を交わす。最後にようやく彼はパドマサンバヴァに謁見できないかとたずねることができた。大臣は許可を求めに(パドマサンバヴァのもとへ)行った。

大臣が戻ってくると、食人鬼の子は美しい花を持っていた。大臣はこの訪問者は神なのか悪魔なのか、と驚いた。しかしパドマサンバヴァが中に入るのを許可したので、大臣はこの子供を招き入れた。

ひとたび彼が宮殿のなかに入ると、手に持っていた花は白い光となり、パドマサンバヴァの心臓に射しこんだ。その知恵ある心によって、アヴァローキテーシュヴァラはパドマサンバヴァに嘆願し、訴えた。パドマサンバヴァは喜びに輝く笑顔を浮かべ、それによって大臣は即座にこの世界から解放された。パドマサンバヴァが嘆願に応じることを確約すると、アヴァローキテーシュヴァラはポタラ(補陀落)浄土へ戻っていった。

 パドマサンバヴァはまた、次元の高い浄土で、王子と王女に知恵の神々、ハヤグリーヴァとヴァジュラヴァーラーヒーとなることを祝福した。このためまず彼はサマンタバドラを呼んだ。すると、サマンタバドラの心から、フームの記号がついた五鈷の青いヴァジュラが現れ、王子デムチョク・ンガンヤクの頭頂にとけいった。王子は自分がハヤグリーヴァになったことがわかり、言葉にできない喜びを覚えた。

 パドマサンバヴァはそれから知恵のダーキニー、ダートヴィシュヴァリーを呼んだ。すると彼女の心からアーと書かれた16葉の赤い蓮が現れた。それは王女ギュマ・ラゼイの頭頂にとけいった。彼女は自分が喜びのヴァジュラヨーギーニになったことがわかった。

 奇跡の子、トゥパガワはこのふたりから生まれたのである。この世界に入るとき、彼は100の言葉のマントラを唱えていた。8葉の黄金の蓮のすこし上に坐って、因果応報を教える仏法(ダルマ)の歌をうたっていた。

 パドマサンバヴァはその神通力によって、力が賦与される時を知っていた。すると、彼の5つの場所から光が現れ、5柱のブッダを呼び起こし、この聖なる子供に力を授けるよう頼んだ。