1章 (要約) 

 この章はムクポ氏族の簡潔な歴史からはじまる。

 チプン(首領)は先を見通す力を持っていたので、リンの地が敵対する悪魔どもを調伏するさだめにあることを知っていた。彼は長い歌をうたって、この事業を成し遂げるために、神のような力を持った子を送ってくれるようブッダやボーディサットヴァに嘆願した。

 リンでもっとも力があり、尊敬された戦士であるセンルン王の長男、ギャツァ・シェーカルが中国の皇帝から招待された。皇帝は母方の祖父にあたったのである。

彼が不在の間に、リンとゴクの間に小競り合いが発生した。戦いのひとつで、チプンの二男でギャツァのいとこにあたるレンパ・チューギャルが殺された。

ギャツァが中国から戻ってきたとき、彼は何が起きたかまったくわからなかった。しかし二男が殺されたことを知り、彼は復讐を誓った。チプンは、レンパ・チューギャルの仇はすでに取ったと話し、あらたな戦いをはじめないように諌めたが、ギャツァは聞く耳を持たず、リンの軍隊を率いてゴクに攻め入った。しかしトラブルメーカーのトトゥンがリンを裏切り、ゴクの王へ、リンの軍隊の攻撃が差し迫っているという警告の手紙を結わえた魔法の矢を放った。

リンの軍隊が到着したときには、ゴクの王はすでに逃げたあとだった。しかし王の養女であるナーギニー(竜女)イェルガ・ゼイデンは逃げ遅れてしまった。不思議なことに、逃げようとすると、突然濃い霧が発生し、彼女はそのなかに包み込まれた。そのとき、ナーガの世界から財宝といっしょにやってきた特別な存在であるディ(雌ヤク)が逃げ出した。彼女は、はじめ馬に乗って、そのあとずっと徒歩で追いかけたが、疲れのあまり倒れ込み、そのまま眠ってしまった。目が覚めたときには、彼女はリンの兵士たちに取り囲まれていた。

 それよりも前、リンの軍隊が準備をはじめたころ、ケサルの将来の父、センルン王は「矢占い」を試みた。占いは「遠征の戦利品として財宝を得る」と出た。しかしトトゥン王はすでにひそかにゴクの王に警告の手紙を送っていたので、占いにたいして別の考え方をしていた。トトゥンはセンルン王に、財宝を手に入れることができるだろうが、その日、王はひとりきりになるだろう、と言った。

その日、彼らは森でイェルガ・ゼイデンを見つけた。彼女の美しさと器量は、この英雄物語のなかに詳しく描かれているとおりである。彼らは彼女をゴクサ、あるいはゴクモ、すなわち「ゴクの娘」と呼ぶ。

彼らは彼女がゴク王ラロ・トンパ・ギャルツェンの娘であることを知っていた。リンの兵士たちが彼女を尋問したとき、「おまえは誰だ? ゴクの兵士はどこへ行った?」と問い詰めた。彼女は自分自身の話はしたが、兵隊がどこにいるかはこたえなかった。彼女を受け入れてくれた氏族を裏切ることはできなかった。

 ゴクサを見つけたセンルン王は、この娘は自分のものであると宣言した。というのも、その日獲得する財宝すべてを所有することが保証されていたからである。叔父のトトゥンはセンルン王に反対したが、それは彼女を自分のものにしたかったからである。彼は、娘は財宝ではないと主張した。

しかしリンの調停人ウェルマ・ラダルは、センルン王が好むような裁定を下した。ゴクサはセンルンの第二夫人となる運命にあった。王とともにリンにやってきたゴクサは、第一夫人のギャサにたいし、嫉妬心を抱いた。彼女はギャサによって、センルン王の大テントの裏側にある小さなテントに住まわされた。一方でギャサの息子ギャツァ・シェーカルは礼儀正しく、ゴクサにたいしても親切だった。というのもゴクサは第一級の戦利品であり、彼にとっても得難い宝物だったからだ。