5章 (要約) 

 ジョルと母を追放する処分が決定したとき、ジョルの型破りな、犯罪的な行為について、チプンはじっくりと考えた。

<神々やダーキニーの予言にあるように、ジョルが偉大な存在の化身であることはまちがいない。しかし最近のジョルの言動は、リンの法からあまりにはずれてしまっているのではないか。彼が何をしようとしているのか、見当がつきかねる。しかし何かの意図を持って、法を犯しているのはたしかだ。そもそもジョルは聖なる子供なのだから、通常の規則をあてはめるほうがおかしいだろう。

では、わしは何をすべきなのか? 以前、あらわれたすべての前兆は、人を鼓舞させるものだった。しかし今年になってから現れた夢も予言も、おぞましいものばかりだ。わしは有名な占い師、モマ・クンシェイ・ティクポに聞いてみるべきだろう。その鏡占いはよく当たるというからな> 

 それからチプンは眠りについた。夜が明ける前、夢の中に「長寿の矢」を持ったダーキニーが現れ、言った。

「ジョルの生まれた場所は申し分ないのですが、もし人間として転生したこの聖なる子供が、故郷で暮らし、4つのマーラ(魔)を倒すことになるマの谷へ行かないなら、だれのためにもなりません。ジョルはマの谷へ行くべきなのです。

リンの乱れた秩序を回復するために、彼の型破りなおこないを許そうと思わないで、むしろ追放したほうがいいのです。

3年のうちに、ザ谷やディ谷は白い絹に覆われる(雪が吹き溜まる)でしょう。野性のロバまでもが飢えて、食べものを探し回って、ついには天まで昇るでしょう。

一方、この間、マ谷は法螺貝のストゥーパのように美しいままでいられるしょう。そして五色のまだらの絹の布のように、肥沃な田畑に彩られるでしょう」

 思慮深いチプンは、ダーキニーの詩的な言葉の意味を理解し、長老やリーダーを集めて会合を開き、ジョルをマ地方下部のトルコ石の谷(マメ・ユルン・スムド)へ放逐することに決めた。

しかしジョルの母でさえ、ジョルの奇異なふるまいに疑問を持つようになっていた。というのも、彼の人肉食いや悪逆な行為は、確信的に行われていたからだ。

会合は罰について同意したが、だれもジョルに知らせようとしなかった。じつは、ジョルは会合の決定についてすでに知っていた。守護神のマギャル・ポムラはすでにジョルが必要とするものをマ谷へ運んでいたのである。

しかし外から見ると何も変わっていなかった。会合で、ギャツァは彼自身がジョルに知らせようと申し出たが、大臣のデンマが自分で行きたがった。デンマがジョルのテントを訪ねたとき、彼は人間の腸で作られた縄を張り、人間の皮膚でできたテントを建てているところだった。それを取り囲む壁は、馬や人間の遺体からできていた。それらは新鮮なものもあれば、腐りかけたものもあった。情景があまりにも残虐だったので、ランカ島の人肉食い(羅刹)が可愛いらしく思えるほどだった。

 デンマも疑いはじめた。

「人はジョルが殺人者だという。しかしだれも、彼が人を殺すところを見たことがない。ここにたくさんの遺体が転がっているが、実際に殺されたことが確認される遺体はなく、行方不明者も出ていない。おそらくこれはマジシャンの魔術なのだ」

 こう考えているうちに、突然ジョルにたいする揺るぎのない信仰のようなものが芽生えた。それは前世のカルマのつながりから来るのだろう。デンマは剣を振ってジョルに合図を送ろうとしたが、自分を押しとどめた。というのも、剣は敵を呼ぶときに使われるべきものであり、こうやって呼ぶのは敬意を欠くものだった。乗馬に使われる鞭を振るのもまた、適切ではなかった。最後に、彼は兜に挿した旗を振ってジョルを呼んだ。ジョルは人間の腕をかじりながら、彼の方に近づいてきた。

 ジョルはデンマを暖かく迎え入れた。そしてその瞬間、人間や馬の遺体は蜃気楼のように消えた。その刹那に、すべての不浄な感覚は消え、純粋な知恵の現象だけが残った。デンマは彼の武器と鎧兜(よろいかぶと)を取り除き、それらを戸口に置いた。しかしジョルは軽く冷やかすような口調で言った。

「これらをそこに置いちゃだめだよ。そこはダラ神の城なのだから」

 そう言って彼は自分の手でそれらをなかに運び入れた。このあと、ジョルとデンマは歌や会話のやりとりをし、絆をさらに強め、離れがたい友情を感じていた。そしてジョルは言った。

「さあリンへ戻ってください。ぼくもあとを追って行きましょう。向こうの人たちには、ぼくに近づくのは恐かったかもしれないけれど、遠くから携えてきた伝言をありがたくいただいて、会合に出席することにしたと伝えてください。ただ、しばらくは、ぼくたちが会話を交わしたことを内緒にしていてください」

ジョルが追放され、リンを離れるとき、だれもがジョルがどんな犯罪をおかしたのか忘れ、悲しさで目に涙を浮かべていた。ジョルは出発前に、兄のギャツァ・シェーカルに言った。

「心配しないでください。すべては知恵の予言のとおりに進んでいるのです。マギャル・ポムラはすでにぼくを受け入れる準備を整えています。だからぼくには仲間も食べ物も持っていく必要はないのです」

 ジョルと母はリンを離れ、マ谷に到達した。彼らはそこに定住して、野生の芋や石投げ器(パチンコ)で獲ったナキウサギを食べて過ごした。ジョルは狩人であり、中国やインド、ホル、ラダックやその他の国々との間を行き来する商人を襲う泥棒でもあった。またジョルは彼らを使ってマ谷に城を建てさせた。