1章 (概要) 

 ジョルはふたつの理由からユニークである。ダルマ(仏法)の観点から見るに、彼はブッダおよびボーディサットヴァの化身である。世俗の観点から見るに、彼は神々の子であり、大地の精霊であり、地下世界の存在であり、その三者のすべてである。両者の観点から、ジョルという化身はある種の超人的存在となった。彼の覚醒した活動は、彼の世俗的な魔術の力と同様、状況を変革し、他者に恩恵をもたらすというユニークな天賦の才から生まれたものである。

 神々、ニェン、ナーガの子として、彼がこの世界に降臨する前、天上の浄土に神のなかの王の子として生まれている。そしてそこから意図的に人間世界にふたたび生まれているのだ。つまり彼は神々の子であり、また神そのものなのだ。彼はまたナーガ族(竜族)の子である。というのも彼の母はナーギニーの王女だからである。彼はまた大地の精霊ニェンの子である。というのも彼の母が受胎したとき、ニェンの王の姿を見たからである。

 ジョルは神々、ニェン、ナーガの子である。というのも生涯を通じて彼はこの3種の精霊に守られているからだ。彼が誕生するとき、神とニェンとナーガも同様にこの世界に入った。これらの精霊はときには形がなく、場合によっては状況に応じて形を取る。彼らは常に「連れ」であり、彼を見守り、目覚めた活動を成功させる守護者である。

 この世界における最初の5年間、彼はディ谷やダ谷の形のない、悪しき力のない霊を調伏した。

6歳のとき、わんぱくで、気ままで、向う見ずなおこないをしたため、パドマサンバヴァと交わしたリンとの信仰の誓いを破ってしまった。

8歳のとき、彼はマ谷を得る。そこに住んでいるとき、ネネイ(おばさん)ナムメン・カルモ、あるいはさまざまな名で呼ばれる守護神が雪獅子に乗ってあらわれ、つぎのような予言を残した。

「あなたが魔術的な力でさまざまな姿を現しながら、今年、リンの地を所有することができないなら、人々はあなたをもっと軽蔑するでしょう。あなたが成し遂げるという唯一の前兆は、あなたの叔父による抑圧でしょう。

今日、あなたとおなじ年の駿馬が、北方の馬たちといっしょに走っています。もしこの駿馬を調教することができなかったら、あなたは虹となって、消え去ることになるでしょう。

あなたの配偶者となるキャロ・センチャム・ドゥクモがより高みにある浄土から送られてきます。もし今年、彼女をあなたのものにすることができなかったら、彼女はタグロンの息子(ドンツェンのこと)と結婚するでしょう。もしドゥクモを失うなら、覚醒した活動に入る道を失うことになります。

それゆえ、確実に明日の明け方、トトゥンが偽りの予言を受け取るようにしなさい。その予言はハヤグリーヴァ神のものと彼は考えます。予言はこう言います。

『おまえはリンの人々を集め、競馬会を催すと提案しなければならない。勝者は国王となることが約束され、リンの財宝を手に入れることができるのだ。財宝にはドゥクモも含まれる。トルコ石の鳥(トトゥンの息子ドンツェンの馬)が最初にゴールに到達すだろう。そしてドゥクモはおまえのものとなるであろう』」

 ネネイは彼に警告した。

「ジョル、あなたの駿馬は、偉大なる空(くう)の投げ縄によって捕えられなければなりません」[註:偉大なる空は女性を表わすことがある。つまり駿馬はドゥクモによって捕えられる] 

 それからジョルは考えた。

<生まれたとき、母にたいして自分自身のことを明らかにしたことがあった。そのときを除くと、だれにもぼくの本当の姿を示したことがなかった。ボロボロの服を着た、醜い体だけをみんなに見せてきたけれど、それは泥のなかに隠れた蓮のようなものだったんだ。もし隠れたままなら、人にどんな恩恵ももたらさないだろう。どうやら本当の姿を現すときが近づいているようだ。ぼくの馬が勝利を助けてくれるように、いましばらくは普通でない、荒々しいふるまいを見せていくだろうけれど> 

 トトゥンがハヤグリーヴァの修行法を厳格に実践しているとき、ジョルはワタリガラスの姿で彼の前に現れた。トトゥンはそれをハヤグリーヴァの化身と考えた。ワタリガラスはナムメン・カルモの予言を伝えた。はじめトトゥンは予言を疑った。というのも過去、ハヤグリーヴァの予言は正確ではなかったからだ。しかしワタリガラスがその祭壇のハヤグリーヴァ像に消えるのを見たとき、疑いは晴れ、それ以来予言を信じて疑わないようになった。

 トトゥンは妻のデンサに、ワタリガラスの言葉を描いた歌をうたった。デンサは夫に、それは純粋な予言ではなく、ジョルのトリックに違いないと説明したが、ダラ神やウェルマ神にそそのかされたトトゥンは、ドゥクモに対する情欲もあって、聞く耳を持たなかった。

 妻の助言を無視して、トトゥンは使者を各地に送ってリンの人々すべてを集めた。デンサはいたく失望したが、夫婦間の困難は彼女自身の前世のカルマによって起きているのだと考えた。彼女は有名な諺を思い浮かべた。

<前世のカルマを直すことはできない。顔の上の皺をのばせないように> 

 結局彼女は、夫の競馬開催の準備を手伝うことになった。

 祝賀会が開かれ、戦士みなが集まった。それぞれの戦士は、意見をこめて歌をうたった。座長役のチプンが意見をまとめて、競馬開催が決定した。勝者はリン国の国王に即位するだけでなく、国の財宝をもらい、さらには王妃としてドゥクモを迎えることになった。時間、場所、距離、競技のルールなど詳細も決まった。