山中の陸の孤島のごとき村で、美女と出会った。こんな山奥で出会う美女といえば妖怪と相場は決まっているが、彼女はシャーマンであり、霊能力者だった。
四川省西南山岳地帯の車道が通じていない村、ジス村。村民の大半はプミ族だが、何軒かモソ族の家族が混じっている。正確にはナシ族の支系ルクァ族らしい。彼女はその謎めいたルクァ族の一員なのだという。
一目見たときからその潤んだ瞳に引き込まれそうになってしまった。なにか人をやさしく包み、いたわってくれるような、不思議な力を感じた。妹であり、母であり、恋人でもあるような、とでもいおうか。
村に着いた翌日、村中の老若男女が村はずれのストゥーパ群をまわるささやかな祭りがおこなわれた。十代の未婚の少女らは民族衣装を着飾り、ほかの人々は見栄えのいい服を着て、チベット式に「オム・マニ・ペメ・フム」というマントラをつぶやいたり、歌ったりしながら、三々五々と練り歩く。
ふと目をそらすと、少し離れた深い草むらに場違いの普段着を着た彼女がぽつねんと坐っているのが見えた。私は意を決して歩み寄り、彼女の隣に坐った。彼女は驚いた表情を浮かべたが、その眼はうれしそうだった。
しかしそのとき私はなにか異様な磁力が自分にそそがれているように感じ、村人のほうを見た。みなが立ち止まってこちらをじっと見ているのである。一瞬ののち、凍った時間が溶けたように、人々はまたマントラをつぶやき、歌ったりしながら、歩いていた。
幻覚だったのだろうか。それとも触れてはいけない神女に近づこうとした外部者に対する村人の警告だったのだろうか。その謎はいまも解けていない。