中国雲南省北西隅の山襞の奥、独龍江。ここに住む独龍族の女はみな顔面に刺青を入れているらしいと聞いたのはずいぶん昔のことだ。あるとき、そのなかには天界と行き来できるシャーマンがいるらしいと知り、私はいてもたってもいられなくなった。
昆明から大理、六庫などを経て、車で怒江(サルウィン河上流)に沿って北上し、貢山に到達するのにも、数日かかる。貢山から密林を這い登り、雪に閉ざされた峠を越え、瑠璃色に輝く独龍江の川面を見たのは、三日目のことだった。 独龍江村では大枚をはたいて牛を買い、「天神に牛を捧げる儀礼」を行ってもらった。
独龍江村を出発するや、雨季に入り、バケツをひっくり返したかのような土砂降りがつづいた。独龍江を北上していくにつれ、食料が欠乏し、出会った人から買った鶏や魚という特例を除けば、途中で摘んだ野生の苦菜とジャガイモしかなかった。
どの村にも顔面に刺青を施した40歳以上の女がいた。最近独龍江を二度も踏査した中国人写真家蓋明生氏によれば、紋面女(顔面刺青女)は63人残存しているという。
数日後、ディツェンタン村に着く。ここで鶏を追っていた盲目の紋面シャーマン、ドゥナと会った。ドゥナは50歳のときに失明し、見えない世界が見えるようになった。八人の精霊の助けを借りて、さまざまな病気を治すことができると言う。 さらに北へ向って進み、ションタン村でついに伝説のシャーマン、クレンと邂逅することになるのである。クレンは守護霊のこと、さらには梯子を伝って行くことのできる天界について、いきいきと語ってくれた。しかし、輝かしい天界とくらべ、クレンの家のなかには何もなく、暗鬱としていて、あまりの貧しさに私は涙を流しそうになった。
蓋氏によれば、ドゥナもクレンももうこの世にはいないということであった。