恥ずかしながら、シャーマンを見ているとき、あやうく自分自身が神憑かりそうになり、ひどくあせったことがある。インド西北ラダック、冬の三月のことである。月面のような荒涼とした丘の上にあるマトゥ寺で毎年開かれるナグラン祭は、僧侶たちが演じる仮面劇以上に、奇妙奇天烈ないでたちをしたふたりのシャーマン僧ロンツェンの存在によって知られる。ロンツェンというのは、五百年くらい前、サキャ派高僧にくっついてカワカポ(雲南省・チベット自治区境界上の梅里雪山)からはるばるやってきた神様であり、その憑依する僧もさす。
祭りの一日目、仮面劇が進行する途中にロンツェンは割って入るように登場し、そのうち憑かれたかのように(実際ロンツェンが憑くのだが)駆け回り、屋根の上を走ったり、刀で身体を傷つけたりする。問題の場面はそのあとやってきた。ロンツェンが観衆に囲まれるなか、憑依状態で自らの腕や舌を刀で刻んでいるとき、最前列にいた私は突如体中に激烈な痛みを覚えたのである。観衆の輪の後ろに下がってうずくまった私は、神憑かりそうになる自分を必死で抑えたのだった。底なしの穴に墜落しそうでなんとか留まっている感じ、とでも言おうか。シャーマン僧の仲間入りをしてしまうのではないかと、私は本気で恐れた。もしそうなったら、場違いもはなはだしい……。
祭りの二日目、ロンツェン僧たちは半裸になって体中に墨を塗りたくり、真っ黒けのバケモノに変身する。こんな妖怪が神様なのだろうか。いや神様なのだ。われわれがイメージする神様とはまったく違う、一筋縄ではいかない神様なのである。そんな神がちょっとふざけて私をたぶらかしたのではないかと、いまでは考えている。