水木さんを治す 宮本神酒男

 強力なパワーを持ったシャーマン(ビルマ語でサヤー)がいる、と聞いてポゥパー山北方の丘に会いに行った。それがチョー・ウェイ氏である。聾唖者である氏はハンディを負った分、特殊な能力を神から授かっていた。

     のどかなミャウッチョー村

 私の使命は、水木しげる翁をお連れすることだった。
 まず、丘の手前、竹で編んだ壁の家が点在するのどかなミャウッチョー村に着いた。ここでは時間がゆるやかに流れていた。村はずれに氏の場違いな近代的な家があった。
 家の中にはたくさんのインと呼ばれる呪符が貼ってあったが、残念ながらその意味を解することはできなかった。ビルマ文字や数字でパゴダや仏像が描かれているのだけは理解することができた。スパイロによると、一筆書きならぬ九筆書きでブッダが描かれることがあるというが、おそらくそれによって呪力が増すのだろう。陰陽道のひとつひとつに意味を尋ねても無駄なように、インの意味合いを尋ねるのは無粋というものだ。

        

 多くのインに混じって、人間の顔なのか悪魔なのか、角か枝を頭につけた謎のオブジェが壁に飾ってあった。その面影は何年もたったいまでも夢の中に出てくるほど強烈な印象を与え続けている。
 一休みしたあと、丘に登った。ポゥパー山のときとおなじく、タンカのようなカゴに乗ってもらい、地元の人に担がれて背丈ほどもある萱の草むらを抜け、丘の上まで運んだ。


    

 丘はそれ自体パワー・スポットにちがいなかった。下から見上げると金色の大仏が目についた。登る途中も、治療を求めてやってきた善男善女や僧侶と出会った。氏の霊力の名声は遠くまで轟いているのか、遠路から来た人も少なくなかった。

 大仏の隣りにいわば診療所を兼ねた事務所があった。僧侶を含む数人の患者がすでに待っていたが、水木さんの治療を優先してもらった。

 治療の前に、氏は窓から外に手を差し出し、なにかを空中からもぎとった。手のひらには多数のダッロン(錬金術による金)がのっていた。ヒーラーである以前にマジシャンなのかもしれない。

 氏は通訳を介して尋ねる。

「どこかよくないところ、ありますか」
 水木さんはしばらく考え、「ここですかな」と指で頭をさした。近頃ボケてきた、というほどの意だろうか。

 すると氏は突然水木さんの口をこじあけ、ピンセットのようなものを差し込むと、グイグイと喉の奥までねじこみはじめたのである。氏が手を押し込むと、水木さんの頭がガクンガクンと揺れ、「アグッ、アグッ」という呻きがもれた。傍にいた私がどんなにあせったことか!

 「やばい」私は気が動転した。「このままでは死んでしまう!」。

 と、氏は手を抜き取り、ピンセットのようなもので挟んだ物体を小皿の上に落とした。暗褐色のタール状のものである。これが病気の原因というわけだ。

 翌日、「あの治療を受けて調子はどうですか」とこわごわ聞くと、「頭ががんがんする」とすこし不満気だった。
 一週間後おなじ質問をすると、「なんかふわーっとして、気持ちいいですなあ」とご満悦だった。いったいこれは効いたということなのだろうか。

 土佐桂子氏によると、ミャンマーで広く信仰されるウェイザーとは、「錬金術、呪符、マントラ、偈文などの習得によって、超自然力(空が飛べる、海に中を自由に行き来できる、食物なしで活動できる、傷を受けないなど)を得て、究極的には不死身の身体を獲得した存在」だという。
 そうすると、チョー・ウェイ氏はウェイザーという超能力者ということになる。ミャンマーでは、ナッ神信仰はアウトサイダー的だが、ウェイザー信仰は上座部仏教にとってもけっして異端とはみなされないのだ。大仏を見ればわかるように氏は相当の額の寄進をしている。高徳の僧のように氏はみなされているのである。

インと呼ばれる呪符。四大要素を表す文字でできている。
⇒ ミャンマーの呪符イン 

チョー・ウェイ氏は窓から外に手を差し出す。

空中から掴み取ったのは、無数のダッロン(金)だった。

息を吹きかけるのは治療師の常套テクニック。

ピンセットのようなものを喉の奥に入れる。

喉からつまみだされたコールタール状のものが病の原因。

不思議な水色の玉を入れた清水は治療効果があるという。

水色の玉をパチンコで四方に向かって放つが、なぜかいっこうに玉の数が減少しない。