旅芸僧の記録

 旅芸人、と聞いただけで、胸がキュンとくる。せつないような、淡いあこがれのような、不思議な感情をもってしまうのだ。昔、アンゲロブロス監督の映画『旅芸人の記録』を観て、その世界にはまってしまったからだろうか。
 以前、村から村へと巡る芸能僧侶集団の写真を目にして、なにがなんでも彼らに会いたいと思ったのは、そんな旅芸人へのあこがれがあったからだ。しかも旅芸人はお坊さん? 好奇心のかたまりとなった私はこの冬、インド西北スピティ地方のピン谷にたどりついた。このピン谷こそブチェン、すなわち「旅芸僧」の本拠地だった。
 村に着くと、さっそく村人にブチェンを呼んでもらった。十分後に現れたブチェン、ドルジェは、写真で見たとき、いつか会えるだろうと直感したその人だった。
 翌々日、降り積もった平たい屋根の上の雪をどけて、彼らはパフォーマンスを行なった。臨時の祭壇に祖師タントン・ギャルポの像を置き、頌(しょう)を唱える。彼らはチベット仏教ニンマ派に属するれっきとした僧侶(在家僧)なのである。彼らは本番前に洞窟か暗い部屋にこもり、集中力を高めるという。たんなる芸人ではなく、神と交流することによって奇跡をも起こすパワーを身につけたシャーマン的な僧であることが、わかる。
 腰をくねらせる卑猥な(?)ダンス、コミカルな寸劇のあと、ドルジェは上半身裸になり、刀の舞いを披露し、二本の刀を腹に当ててその上にのる曲芸を見せる。最後は仰向けになった人の腹に大きな石をのせ、ほかの石でそれを割る。この石割りこそパフォーマンスの眼目であり、邪気祓い、悪霊祓いの意味をもっているのだ。
 私は一応の満足を得たが、これでは「旅芸僧の記録」とはいえない。この夏、彼らとともにラダックまで旅をし、はじめて記録は完成することになる。