チベットといえば、いまだに超神秘的、というイメージがある。19世紀のオカルティスト、ブラヴァツキー夫人がチベットのマハトマと霊的に交信した話や、20世紀前半、女性冒険家デビッド・ニールが実際にチベットを旅し、報告したさまざまな不可思議なエピソードがそのイメージをさらに膨らませてきた。
ラサへ空路だけでなく鉄路も通じたいま、神秘的チベットのイメージはほぼ瓦解したといえるだろう。そのなかにあってアムドのレコン(青海省同仁県)は神秘主義好きの期待に応えうる数少ない場所である。レコンの町を歩く。すると頭上にウンコのごとき(?)巻き髪をのせた男が目に付くだろう。彼らはンガッパ、すなわちニンマ派の在家修行者なのである。レコンにはンガッパがなんと二千人もいるといわれる。しかもその一部は、雨を降らせたり、降らせなかったりする祈祷師なのである。
レコン郊外の村で、私はついに本物の祈祷師型ンガッパに会うことができた。二十年も村のために祈祷しているが、一度もしくじったことがないという。成功すれば収穫期、各家は謝礼として大きな小麦粉二袋を差し出す。
私は千載一遇のチャンスだと思い、ンガッパに上空の浮雲を消してくれないかとお願いした。ンガッパは一瞬ムッとして、「むやみに呪術を使ったら、神の怒りを買うだろう」と乗り気でなかったが、最終的には了承してくれた。すると彼は香をたき、マントラを唱えながら、なんと空に向かってふうふうと息を吹きかけ始めたのである。なにか安直に見えなくもなかったが、浮雲は数分後、徐々に消え始める。
あとで彼が言うには、「世界の本性は心の知恵の本性である、ゆえに自己の四大元素によって雲(四大元素の集まり)を四散することができる」のである(……)。