4大エピソードと18遠征
サムテン・G・カルメイ氏(Samten G. Karmay)の論文
The Theoretical Basis of the Tibetan Epic
<The Arrow and the Spindle>(1998 Mandala Book Point)所収
からの抜粋(宮本編訳)
<4大エピソード>
T ケサル15歳
ケサルはヤルカム(Yar-khams)へ、見るからに恐ろしい老悪魔ルツェン(Klu-btsan)を討伐するために遠征する。悪魔の妹アタクラモ(A-stag lha-mo)と親しくなったあと、悪魔を殺した。
U ケサル24歳
ケサルは依然として悪魔ルツェン討伐の遠征から解放されていなかった。そうこうしているうちに、ホル(Hor)の王グルカル・ギャルポ(Gur-dkar rgyal-po)がリン国を侵略し、さまざまなものを強奪した。このときケサルの妻ドゥクモ(’Brug-mo)を力ずくで、リンのたくさんの子供たちとともに連れ去った。ケサルがそのことを知らされたときには、彼が悪魔の国に入ってから9年が過ぎていた。悪魔の家来を中心として組織した軍を率いて、ケサルはホル国を攻めた。ホルの国王は降伏する。ホル軍の偉大なる将軍シェンパ(Shan-pa)をホル総督に任命し、ドゥクモとともにリンに帰還する。この遠征には9年を要した。
V ケサル33歳
メンアニ・ギャルモ(sMan A-ne rgyal-mo マネネ)の予言的な命令に従って、4つの方角の4つの敵のひとつであるジャン(’Jang)に遠征する。ジャンの国王は戦いの末、降参する。この遠征には3年を要した。
W ケサル36歳
白梵天の予言的な命令を考慮しながら、ケサルはジャンやホルの兵士から成る軍隊を率いて南部のモン国に遠征する。モンの国王シンティ(Shing-khri)は最終的に屈服する。ケサルはノルブ(Nor-bu)という名のラマをリンに招いた。
39歳のとき、聖なる予言に従ってケサルはアヴァローキテーシュヴァラ、すなわち観音の浄土であるポタラ山で1年間のこもりに入った。(あるバージョンによれば、こうしなければ、つぎの遠征で戦う相手のタジク王の魂を浄土に導けないからだという)
<18遠征>
1 ケサル40歳
ケサルはタジク(sTag-zig)に遠征する。タジクの王は要塞であるノル・ゾン(Nor-rdzong)を放棄し、降伏する。ケサルはたいへんな量の宝石を持ち帰り、人々に分配した。この遠征には1年を要した。
2 ケサル42歳
ケサルはカチェ(Kha-che)に遠征した。その王ティツェン(Khri-btsan)はトルコ石が豊かな要塞であるユゾン(gYu-rdzong)を放棄し、降伏する。ケサルは大量のトルコ石を持ち帰り、家来たちに分配した。この遠征には1年を要した。
3 ケサル43歳
リンの人々は、ラサにある3つの聖なる仏像の顔に金を献上するため、金を持ってラサへ旅をする。その途中、潜んでいたミヌブ・マジャ(Mi-nub rma-bya)の悪漢に襲われて金品を奪われ、殺されることもあった。ケサルはこのことを聞いてミヌブに遠征することに決めた。ミヌブの王は要塞であるダルゾン(Dar-rdzong)を放棄し、降伏した。ダルゾンは絹で有名だった。ケサルは補償として大量の絹を受け取った。
4 ケサル44歳
真珠をたくさん持つシャンシュン(Zhang-zhung)のムティグ・ゾン(Mu-tig-rdzong)を攻める時が来た。その王ルンドゥプ・ダクパ(lHun-grub grags-pa)は降伏し、ケサルは大量の真珠を手にしてリンの国民に配った。
5 ケサル46歳
ケサルの父方の叔父トトゥン(Khro-thung)はアダク国(A-grags)の王ニマ・ギャルツェン(Nyi-ma rgyal-mtshan)の娘を力ずくで娶り、その結果アダク国の人々とリン国の人々との間に紛争が起きた。ケサルはそれを口実にアダク国に攻め入った。ズィ(gzi 縞瑪瑙)をふんだんに持つ要塞ズィゾン(gZi-rdzong)を攻略し、ズィを持ち帰ってリンの人々に分配した。
6 ケサル47歳
ケサルはドゥク(Gru-gu)に遠征した。その王トクグー(Thog-rgod)は鎧兜(よろいかぶと)を大量に蔵する要塞ゴゾンを放棄し、降参した。ケサルは鎧兜を大量に持ち帰り、国民に分配した。
7 ケサル49歳
ケサルはメリン国(Me-gling)を攻めた。国王は降伏し、金で有名な要塞セルゾン(gSer-rdzong)を明け渡した。ケサルは金を得て持ち帰り、リンの人々に配った。
8 ケサル51歳
ケサルはミュクグ国(sMyug-gu)を攻めた。その要塞デゾン(Drel-rdzong)を陥れ、国王ニマ・ギャルツェン(Nyi-ma
rgyal-tshan)はたくさんのラバとともに降伏した。それらのラバによって、リンのラバに新しい血統を入れることになった。また王の娘ラチャム・メトク(lHa-lcam Me-tog)を迎えた。
9 ケサル52歳
ケサルはソグポ(Sog-po)に遠征した。戦いのあとソグポの王ニマ・ルンドゥプ(Nyi-ma lhun-grub)は降伏し、豊富な武器で有名な要塞メリ・トクゾン(Me-ri thog-rdzong)を明け渡した。ケサルは大量の石弓と400丁の銃を得た。
10 ケサル53歳
ケサルはンガリ(mNga’-ris)に遠征した。国王ダクキ・ギャルポ(Brag-gi rgyal-po)は降伏し、要塞セルゾン(gSer-rdzong)を明け渡し、そのなかにあった金の仏像をケサルは持ち去った。
11 ケサル55歳
ケサルはガンリ(Gangs-ri)に遠征した。その王ガンカル(Gangs-dkar)は降伏し、要塞シェル・ゾン(Shel-rdzong)を明け渡した。ケサルはそこで水晶でできた鎧や兜を手に入れた。
12 ケサル56歳
ケサルはツァリ(Tsa-ri)に遠征した。その王ワンチェン・トプダク(dBang-chen stobs-grags)は降伏し、薬の豊かさで有名な要塞メンゾン(sMan-rdzong)を明け渡した。ケサルはさまざまな薬をリンにもたらした。
13 ケサル58歳
ケサルはベリ(Bye-ri ジェリ)に遠征した。その王タクツェ(sTag-rtse)は降伏し、要塞ビュルゾン(Byur-rdzong ジュルゾン)を明け渡した。要塞には珊瑚でできたアミターユスやハヤグリーヴァの像があった。それらを含めた珊瑚でできたさまざまなものをケサルは持ち帰った。
14 ケサル61歳
ケサルは中国(rGya-nag)に遠征した。その王タクドゥ(sTag-bdud)は降伏し、要塞ジャゾン(Ja-rdzong)を明け渡した。さまざまな種類のお茶がリンにもたらされた。
*63歳になったケサルは罪滅ぼしのために、しばらくの間こもる。これまでの戦いの間に多くの生命に害を与えたと感じたからである。
15 ケサル64歳
ケサルはドゥンカル(Dung-dkar)に遠征した。その王タクトゥブ(sTag-thub)は降伏し、要塞タクゾン(sTag-rdzong)を明け渡した。ケサルはそこで168の経帷子(きょうかたびら)と9800の矢、ターラ像、投げ縄を得た。それらはすべて法螺貝でできていた。
16 ケサル67歳
ケサルはインド(rGya-gar)へ遠征した。チュールン王(Chos-lung)は降伏し、要塞チューゾン(Chos-rdzong)を明け渡した。そこには金、銀、トルコ石でできた数千巻のプラジュニャーパーラミター(般若経)経典があった。
17 ケサル68歳
ケサルはネパール(Bal-yul)に遠征した。その王ベルリ(Bal-ri)は降伏し、要塞デゾン(’Bras-rdzong)を明け渡した。ケサルはそこからリンに米をもたらした。
18 ケサル69歳
ケサルはバラ(Bhara)に遠征した。その王キュンティ(Khyung-khri)は降伏し、要塞ルクゾン(Lug-rdzong)を明け渡した。そこからケサルは3つの血統の羊をリンに導入した。
*69歳から80歳の間、ケサルは以下にリストアップしたように、小さな戦争をつづけた。しかし実際その多くは英雄自身の物語というより、勇士(dpa’ thul)と関連したエピソードである。
1〜20の地域(省略)
*ケサルは87歳になり、甥のダラ・ツェギャル(dGra-lha rtse-rgyal)をリンの新国王に任命し、天界に戻る。