ケサル詩人 サンドゥプbSam grub (4)


 寺院で一定時間過ごしたあと、サンドゥプは家に戻る途中、ケサルを歌いたくなった。ひとりごとをつぶやくように何節かを歌うと、途端にこのうえない自由を感じた。「英雄誕生」の章はこうして一節ずつ作られていき、ついには完璧の域に達した。のち彼は聴衆を前に歌うようになる。はじめに集まった聴衆は隣近所の人々だった。これらの人々はサンドゥプのケサルを聞いたあと、祖父の上をいくすばらしいものだとほめそやした。

 これを機にサンドゥプはさびしく孤独な生活を脱出し、村人たちのあいだでケサルを歌い始めた。彼の歌の才能はだれの目にもあきらかだった。村人は彼の明るい前途を確信した。村には何人かのケサル物語を語る人が必要とされたが、サンドゥプがその栄誉を担うのである。それは村の誇りでもあった。とはいえ絶賛を浴びたからといってそれでメシが食えるというわけではなく、あいかわらず日々の暮らしは困窮していた。生活の糧を得るため、サンドゥプは流浪の旅に出た。彼は巡礼の人の波に乗ってあてもなく西のほうへ向かって歩いた。彼は道で会った人々にケサルを歌い、馬を追うチベット軍を助け、よもやまの話をした。彼はまだ年少だったので、各所でさまざまな人から面倒をみてもらった。流浪するなかで彼は多くのケサル詩人と会った。彼らに会うたびに足をとめ、その歌と語りを聞き入った。不思議なことだが、ケサル物語を一回聞くと、それを復唱することができた。

→ つづく