ケサル王 勇者の歌 ダグラス・J・ペニック (宮本神酒男訳)
第1章
1(a)
香ばしく、濃厚な杜松(ねず)の白い煙が燠(おき)から立ち昇り、
渦巻いて輝く虚空へと消えていく。
空は、生の影や死の恐怖の雲ひとつない、巨大な鏡のよう。
ここに香りの煙の橋に乗って降りてくるのはだれか。
ケサルは雪を冠する高い峰々や起伏する平原を支配する。
その赤褐色の顔は不屈をあらわし、目は底なしに暗い。
猛々しい虎の笑顔は魅惑的である。
水晶の兜は太陽のように輝き、銀の盾は月のように光る。
鎖かたびらは星のようにきらめく。
虎皮の矢筒を持ち、矢は雷光そのものである。
豹皮の弓入れには北風の黒い弓が入っている。
鋭利な水晶の剣は自らを解放する無敵の智慧である。
右手には恐ろしい鞭を持ち、すべての虚妄を鞭打つ。
左手には勝利の旗を持ち、夜明けの色を呈す。
純粋な白い翡翠でできた鞍と轡(くつわ)をつけた奇蹟の馬に乗る。
その馬とはキャンゴ・カルカル、確信の力、風の中の風。
ケサルと大勢の戦士たちは、砂漠を突き進む雷を伴う嵐のように、
渦巻く煙の橋を駆け降りた。
雷と咆哮は恐怖をも圧倒した。
そして彼らの暴力的な叫びは、おびえる者たちを麻痺させた。
ケサルは天空を疾駆する鉄輪のようにやってきた。
そして地上は静かになった。