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彼らがリンの国境に至る前にすでに、ケサル帰還の知らせは広がり始めていた。彼らがケサルの宮殿に着く頃には、迎えに来た膨大な戦士たちや民衆をしたがえていた。そして宮殿ではそれをもしのぐ大群衆によって歓迎された。
ケサルの到着を聞いたトドンは、逃走するわけにもいかないので、からっぽの皮の穀物袋に隠れた。トドンの家族は必死にケサルにゴマをすった。彼がその袋を敷布団にしたいから貸してくれと言ったときでさえ、ゴマをすりつづけた。ケサルは敷布団がわりの穀物袋の上で寝ているあいだ、隠れている叔父を蹴っ飛ばしたり、パンチを浴びせたりした。翌朝袋から引っ張り出されたときには、トドンはふらふらの状態だった。体中に黒や青のあざができていた。トドンは口ごもりながら、ケサルはもう死んだのだとばかり思っていた、すべてはリンを守るためにしたことだと言い訳をした。しかしケサルは怒りを抑えることができず、トドンを牢獄にぶちこんだ。
「トドンよ、あなたはまたずるがしこい言い訳をしようとしているのだろうけど、長い時間がたったのち、おそらくあなたにとっても違っているように見えるだろう。ホル征服が達成されるまで、そしてセチャン・ドゥクモがこの宮殿に戻ってくるまで、私はあなたに会わないだろうし、だれもあなたに話しかけないだろう」
それからケサルは夜の間に宮殿に駆けつけ、ケサルを待っていたすべての戦士とリンの民衆に向かって指令を出した。彼らを見たとき、ケサルは彼らがやせこけ、ボロボロの服を着ていることに気づいた。彼らのすべての顔に過酷と欠乏のしるしが現れていた。また彼となじみがあった人、親しかった人の多くの姿が見えないことがわかり、ケサルは涙を流さずにはいられなかった。
「わが親愛なる友のみんな、戦士諸君、この王国に生きてきた臣下の者ら、命を私に預けた者たち、この世の庇護を私に求めた者たちよ、ふたたび私の顔を見たときのあなたがたの顔に浮かんだ喜びが、悲しみと後悔に暮れる私をなぐさめてくれる。
疲労が極地に達したわずかな時に、私の心は魔女の下僕(しもべ)になってしまった。そしてあなたがたはたいへんな災難に遭ってしまった。怠慢にも欲望の隙を見せたとき、わが心は麻痺し、この王国は瓦解し、廃墟同然になってしまった。
わが親愛なる友のみんな、それがこの世の過酷な側面である。あなたがたが失ったものは、二度と取り戻せないだろう。私がやってきたことは、そのままなされることはない。つまり一から始めなければならない。
すべてのあらわれの根源にあるのは
今であることの完全な鏡である。
過去の後悔や未来の恐怖によって
傷がつくことはまったくない。
鏡の中心部では
すなわちすべての命の中心では
永遠の太陽の炎が燃えている。
すべての生きている者の鼓動では
自身によって存在する確信の剣が切り口をつける。
あなたがたは真の戦士なので
絶望は、基本的な善性の呼び出しである。
疑いは、明晰のカミソリである。
あなたの要求されない愛から広大な幻影が飛び出てくる。
あなたのなぐさめられない切望から
世界を復活させる恒久性と規律が生まれる。
「あなたがたの切望と信仰が、私を呼び戻してくれた。あなたがたの切望と信仰が、われらの地の純粋な善性を保護してくれた。あなたがたが自然に受け継いだものを、それがたとえ心の中のちっぽけな燃えさしであったにせよ、輝かせてくれていたので、われわれはあらたにはじめることができる。リンの王国と覚醒した社会の現実性はどれも勝利を得るだろう」
ケサルはそれから魔王ルツェンを倒したこと、彼の幽囚のこと、彼の覚醒のこと、彼のリンへの帰還について話した。リンの人々は、ケサルが勝利の逸話を語るたびに大いに喜んだ。一方彼が屈服されたことを語ると、人々は涙を流した。彼らの王がみじめな状況に置かれ、それによって彼らの災難が生まれたのだった。彼らの涙の川は大きな湖になるかのようだった。ケサルが物語を語り終えたとき、踊り子たちは「生と死の上で跳ぶ獅子」という踊りをおどった。