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一か月後、リンに秩序が戻り、ケサルはこもりの期間を終える時がやってきたこと、そして彼のもとに参加したい人はそうするようにと宣言した。この言葉にしたがってセチャン・ドゥクモ、そしてリンの多くの貴族や戦士たち、その家族らが東へ旅に出た。そして岩だらけの乳白色の山に到達した。この山はとても高く、その頂は碧青色の天蓋の頂よりも高かった。
彼らが到着したあと、朝の最初の光が射したとき、ケサルは腰を下ろした。彼の右側、虎皮の敷物の上に坐ったのは大臣たちだった。左側、豹皮の敷物の上に坐ったのは、王妃と宮廷女たちだった。彼の前、熊皮の敷物の上に坐ったのは、将軍と戦士たちだった。この光景そのものが、古代の歌の言葉が生命を得たかのようだった。
中央の黄金の獅子の玉座に坐るのはリンのケサルだった。彼は戦士精神(勇者精神)そのものであり、リクデン王のような立派ないでたちだった。彼の黄金の甲冑は太陽の光のように輝いた。彼の経かたびらは夜空の星のようにきらめいた。黄金の兜は、白い旗がはためき、太陽のように燃え立った。銀の盾は月のように光った。彼は虎皮の矢筒を身につけ、矢はそれ自体が光を放った。豹皮の弓入れには風の黒矢が入っていた。彼の水晶剣は自らを解放した無敵の智慧だった。右手には、すべての欺瞞を鞭打つ恐ろしい鞭を持っていた。左手には、暁の色の勝利旗を持っていた。純粋な白い翡翠の鞍と轡(くつわ)をしつらえたのは、キャンゴ・カルカル、確信の力、風の中の風。この駿馬は玉座の横に立ち、鼻から雲のような息が渦を巻きながら出ていた。
彼のまわりは嵐が集まったかのように、ダラ戦神やウェルマ戦神で満ちていた。彼らの黄金の武具や剣の刃は稲妻のようにきらめいた。
空の中央、ケサルの上には、若く、活力があるラ(神)の領域の王がいる。水晶の甲冑をまとい、雪の白さの馬に乗っている。彼の光沢ある旗とダラ戦神の旗は風の中はためき、氷河が割れるような音がした。
ケサルの下、世界の海の底にいるのは、宝石の宮殿の洞窟の中、トルコ石の甲冑に身を包み、海の青色をした馬に乗る力強くて賢いルの領域のナーガ王である。彼の戦士たちと使者たちは大地と海の下をたえまなく動いている。
春の雨のようにやわらかく、透き通る声で獅子王は家臣たちに話しかけた。
大いなる王妃よ、高貴なる人々よ、淑女よ、
リンの王室の恐れを知らぬ戦士たちよ
われわれの旅は終わりがないけれど
われわれの時間はまもなく終わりを迎えるだろう。
私が生まれたとき
リクデン王のおかげで
この移ろいやすい世界において
不滅の身体を得ることができた。
私がリンの王座を勝ち得たとき
祖先の統治の智慧が真正なる存在として
この世界に満たされた。
私がマギェル・ポムラの宝庫を開いたとき
存在を豊かにする宝物の武器によって
攻撃性と恐怖心に打ち勝つことができるようになった。
私がティルティカ(外道)を征服したとき
アシェ、すなわち原初の一撃によって
外部の救世主を求める信仰は断ち切られた。
これはリクデンの心の血によって放たれた大いなる一撃であり
悪魔の領域全体を征服するものである。
それは人間の心の隠された王国を統合するものであり
4つの尊厳の成就を解き放つ。
こうしてルツェン、すなわち恐ろしい死の黒い悪魔から
無条件の喜びの獅子の戦士精神が湧きおこる。
そしてホルの汚猥(おわい)の悪魔を征服したことから
広大な(知識欲旺盛な)確信の虎の戦士精神が湧きおこる。
ジャン、すなわち神のごとき欲望を持った赤い悪魔の領域から
希望と恐怖のしきたりを超えたガルダの戦士精神湧きおこる。
シンティ、すなわち未熟の蓄積である黄色い悪魔を征服したことから
確証を要求しない行動の竜の戦士精神が湧きおこる。
いま、ひとつの心、ひとつの精神として
われわれはこの旅をともにしているので
大いなる東の太陽がこの世界に昇るビジョンを共有できる。
戦士精神(勇者精神)においては
精神的な道と俗世の道とを分けることはできないのだ。
いま、心からこれをあなたがたに授けよう。
あおれは戦士の心であり、あなたがたの心である。
それから獅子王、リンのケサルは荘厳なるリクデンとして、大ニェンの玉座に坐り、そして立ち上がった。彼の頭は空に触れ、両肩は山脈のように広大で力強かった。
ケサルの心の中の文字から、大きな一筆が現れた。それはリクデンの心の血のインクからふるわれたものである。それは輝きながら彼の心から王妃セチャン・ドゥクモ、神々、淑女たち、リンの戦士たちの額に入った。それはゆっくりと彼らの体内に入り、脈を打ち、顫動する心臓に達した。
ケサルと家臣たちはこの見方、瞑想、行動においてひとつになった。そしてケサルは戦士の喜びの歌をうたった。
断固として相対的真実性に入ることは
基本的善性の直接的な体験である。
われわれの生命を父なるダラ戦神にゆだねるのは
偉大なる東の太陽の直接的な体験である。
われわれを堂々たるリクデン王にゆだねるのは
シャンバラの尊厳の直接的な体験である。
われわれを母系のダラ戦神にゆだねるのは
優雅さと慈悲の直接的な体験である。
人の心を盗む敵を破壊するのは
無条件の確信の直接的な体験である。
攻撃性の限界を超越して飛躍するのは
シャンバラ王国の直接的体験である。
これが父なるリクデン王の心である。
これが戦士精神(勇者精神)の神髄である。
これがすべての人類の心である。
これがカヤとジュニャーナの絶対的不二であり
空間と意識の不二であり
世界の鼓動である。
これがわれわれの真実、願望、誓いである。
そして彼らは3年間の瞑想に入る。
それを支えているのは、あるいは支えられているのは
不動の確信である。
たまたま彼らを見かける旅行者や羊飼いがいたなら、彼らは忘れられない壮麗な、不変の幻影に見えただろう。ほかの者には山裾の輝く光に見えたかもしれない。あるいはかすかな光だったかもしれない。人によっては、この山の横を過ぎるとき、なんともいえないしあわせな気分になるだろう。ケサルと戦士たちはそこにいるのだが、彼らにはまったく見えない。