カーラチャクラ略史
ジョン・R・ニューマン 宮本神酒男訳
パラマディブッダ(ムーラタントラ)の教え
ダライラマ14世テンジン・ギャツォはつぎのように述べている。
この教えは、純化されたカルマや感覚の神秘的な状態のなかで、ブッダの神秘的な顕現によって人々に与えられたものなので、歴史的なブッダの生涯のなかで、どのタントラに説明されたかは問題ではない。しかし実際、カーラチャクラの根本タントラ(ムーラタントラ)は、ブッダが生きているあいだに明らかにされたものである。
パラマディブッダは、ブッダが悟りを開いてから一年後に説かれたカーラチャクラの教えの根本テキストである。それはカーラチャクラ天文学のチャイトラの月(3月から4月)の満月の夜のことだった。それはまさに「三つの世界の勝利」と呼ばれるマーラー(魔)を征服したときのことだった。正面、すなわち東には満月があり、後方、すなわち西には太陽があった。左手、すなわち北にはラーフ(Rahu)、つまり竜の首、あるいは月の上昇する交点があり、右手、すなわち南にはカラグニ(Kalagni)、つまり竜の尾、あるいは月の下降する交点があった。ブッダはダニヤカタカ(Dhanyakataka 現在のダラニコタ)でカーラチャクラを教えるあいだ、同時に現在のビハール州にあるラージギル附近のグリドラクータ(Grdhrakuta)、すなわち鷲の山(霊鷲山)の住居にあまたのボーディサットヴァ(菩薩)とともにあり、彼らに知恵の完成について教えていた。
ブッダはシュリー・ダニヤカタカとして知られる仏塔の内部でカーラチャクラを教えていた。この仏塔は偉大なるヴァジュラヤーナ(金剛乗)の中心地であり、ブッダはここでカーラチャクラ・タントラだけでなく、ヴァジュラバイラヴァやヤマンタカ、ヘールカ、チャクラサンヴァラ、そしてその他のタントラ教義についても教えていた。これらの教義は最初にサンスクリット語で書かれた経典によって広まったが、パラマディブッダはさまざまな生きるものの気質に応じて、さまざまな言語で教えを説いた。
ヴァジュラヤーナ(金剛乗)、あるいはマントラヤーナ(真言乗)の教えは歴史的ブッダであるシャカムニからはじまったものではなかった。それはずっと昔にシャキャムニの悟りを予言したブッダ、ディパンカラ仏によって教えられた教義をシャキャムニが提示したにすぎない。
ブッダは洞窟のなかで奇跡的に巨大な身体を得て、シュリー・ダニヤカタカ仏塔の内部に居住していた。ブッダは2つのマンダラを生み出した。下は「現象世界」というマンダラで、マンジュシュリーの外観を取り、ダルマダートゥ・ヴァギス・ヴァラすなわち言葉の神と呼ばれた。一方、上は星座群の輝かしいマンダラだった。
カーラチャクラの姿で、ブッダはヴァジュラダートゥ(金剛界)、すなわち至福の領域のマンダラの中央部にある金剛獅子の玉座に立った。彼はパラマディブッダ(カーラチャクラ)のサマディに融合する。マンダラのなかでブッダは諸ブッダ、諸ボーディサットヴァ、憤怒の国王たち、神々、ナーガたち、その他男女の神々に取り囲まれる。マンダラの外側には弟子たちがいる。これらにはヴァジュラパーニの化身とされるタントラを要請したシャンバラのスチャンドラ国王を長とするシャンバラの96の眷属が含まれる。
三界(欲界、色界、無色界)すべてがブッダの足元にひれふし、ボーディサットヴァや悪魔、神々はおびただしい数の聖なる花や食べ物、音楽などを捧げた。集まった者全体を代表して、師の周囲をまわり、足元に宝石で飾られた花々を捧げながら、スチャンドラが奇跡的にダルマダートゥ(法界)のマンダラに入った。彼はふたたび何度もブッダに敬礼し、その前に座した。彼は手を重ね、カーラチャクラのイニシエーション儀礼を施し、教えを授けてくれるようお願いした。ブッダはスチャンドラに教えを請われたことを喜び、カーラチャクラの11すべてのイニシエーション(10は現世のイニシエーションで11番目は超越的なイニシエーション)をその集会に集まったすべての者に授けた。ブッダは宇宙、魂、イニシエーション、実践修行、霊智について探索した5章1万2千頌のパラマディブッダを教えた。そしてブッダは、シャンバラ国のつづいて現れる国王の生涯、神々や悪魔の覚醒、シャンバラ国の9億6千万の村々に住む有情の尊い道の達成などについて予言した。スチャンドラはパラマディブッダを1巻にまとめ、そして眷属たちをともなってシャンバラに帰還した。