未来 

 仏教の崩壊と消失は、仏教徒の歴史観のなかでまったく予期されていないことではなかった。多くの仏典が、末世における仏法と人間の生活の衰退を予言していた。そしてはるか未来にマイトレーヤ(弥勒仏)が華々しくやってくると考えた。

 カーラチャクラは世界の未来に関し、異なるヴィジョンをいだいている。それもまた宗教の徳の消失とともに、世界が着実に衰退していくという姿を描く。カーラチャクラでは、その退廃の時代に、悪魔と手を結んだ野蛮人という形で、邪悪なパワーが着実に増殖していくのである。しかしながら、マイトレーヤの予言と異なり、カーラチャクラは仏教の絶滅を予想することはない。なぜなら野蛮人の手の届かないところにあるシャンバラに仏法が存在しつづけるからである。カリ・ユガの時代の終わり、状況がどん底にいたったとき、大戦争が勃発し、シャンバラの軍隊は邪悪な野蛮人や悪魔と戦うことになる。

 シータ河の南では、状況は最後のカルキ王、ラウドラ・チャクリがシャンバラの獅子の玉座に就くまで変わらず、崩壊がつづくだろう。法輪をもった憤怒の者、ラウドラ・チャクリはおよそ50年、仏法を教える。しかしそのあと善と悪の戦いが差し迫ってくる。その頃ジャムブドヴィーパ(閻浮提)の南半分、すなわちシータ河の南は、野蛮な司令官クリンマティの支配下に入ってしまう。インドのデリーを本拠地とするクリンマティと家臣たちは、つぎの目標をシャンバラの征服に置く。

 ラウドラ・チャクリは野蛮人の軍が攻撃の準備に入ったことがわかったので、「至上の馬のサマーディ」と呼ばれる不動のトランス状態に入る。ラウドラがトランスに入っているあいだに彼の軍隊が結集する。ラウドラと将軍たち、つまりハヌマーンとルドラは、じつに巨大な軍隊に指令を下す。軍隊は、風のように速い馬に乗った9千万の騎馬兵、40万の戦いに酔いしれた象、50万の黄金のチャリオット(馬車)、そして数えきれないほどの歩兵から成っている。彼らは輝かしい盛装に身を包んでいる。6つの部隊に分かれた軍隊は、シャンバラの96の諸侯に率いられている。

 この戦争は地上の勢力を巻き込むだけでは終わらないだろう。というのも悪魔たちは野蛮人の軍隊を助け、ラウドラ・チャクリは12の偉大なる神々の援助を受けることになるからだ。12の神々とは、ハリ(ヴィシュヌ)、ナイルティ、ヴァーユ、ヤマ、アグニ、シャン・ムカ(スカンダ)、クベーラ、シャクラ(インドラ)、ブラフマー、ルドラ(シヴァ)、サムドラ、ガネーシャのことである。

 シャンバラの軍隊はカラパを出て、シータ河を南に越えてインドに入り、ついに大戦争が勃発する。カルキ王ラウドラ・チャクリは野蛮軍の王クリンマティを倒し、ハヌマーンとルドラも野蛮軍の司令官たちを圧倒する。ラウドラ・チャクリの腕のいい英雄的な射手は野蛮軍の歩兵をつぎつぎと射止め、シャンバラの96の諸侯は野蛮軍の隊長を打ち負かし、シャンバラの馬は野蛮軍の騎馬隊を潰走させ、シャンバラの象は野蛮軍の象を押しつぶす。とりわけ12の神々の活躍はすさまじく、野蛮軍の悪魔たちを制圧し、邪悪な勢力を一掃する。野蛮人たちにたいし完全な勝利をおさめたラウドラ・チャクリと聖なる家来たちは、神々が創ったカイラーサ山の都カラパに帰還する。

 ラウドラ・チャクリンの完全なる勝利は、完璧の時代(クリタユガ)のはじまりを示すことになる。人の寿命は延び、人々は悪いふるまいをしなくなり、徳を積むのみとなる。彼らはよいおこない、愉悦、富、精神的解放を楽しむようになる。耕作なしで穀物は育ち、木々は永遠に実を結ぶ。この時期に実践者は比較的簡単にカーラチャクラを通じて至上のシッディ(成就)に到達することができる。この結果、地上にはヴァジュラヤーナの熟達者があふれることになる。それほど能力のない人でも大乗仏教の道を大いに進むことができる。

 

 偉大なるチャクラヴァルティン、ラウドラ・チャクリは120年生きるだろう。彼の統治の終わりに長男のブラフマーをシャンバラ王に、そして二男スレーシャをシータ河の南の地域の君主に指名する。こうして最後のカルキ王ラウドラ・チャクリはもと来た至福の地に戻るだろう。

 ブラフマーと彼の息子カシャパの統治時代、平均的な人間の寿命は900年に及ぶだろう。それにつづく時代、寿命は減少し、同時にカーストを基本とした身分の違いがふたたび現れる。こうした分裂の結果、時のサイクルはめぐり、さまざまなタイプの人間、すなわち王族、聖者、野蛮人などが何度も現れる。チャクラヴァルティンはふたたび現れ、これらを鎮めて、再統一することになる。

 

 カーラチャクラに含まれる終末論的な教義を短くまとめたものを読んで、この複雑なシステムのほかの要素と同様に、何層もの意味のことをおこなうのは価値があることである。それにつづく大戦争と完璧の時代は、文字通り400年以内に起こると予言された歴史的なできごとである。

 しかしながらシュリー・カーラチャクラとヴィマラプラバはおなじ神話のもうひとつの寓話的な解釈を与えてくれる。ここにわれわれは、カーラチャクラの黙示録的な要素と、カーラチャクラ実践者の内部の叡智と無知の力を同一視するのである。ヨーギ(行者)がカーラチャクラのヴァジュラヨーガを実体化した方法と知恵によって、無知を克服するとき、輪廻のなかの人生を惨めなものにする内なる魔物、悪魔、野蛮人を破壊する。そして完全な覚醒の完璧な時代が生まれる。このようにしてカーラチャクラの体系の原則的な構造は保たれることになる。「時間の外側の輪」はすなわち宇宙であり、「時間の内側の輪」はすなわち人の魂であり、精神物理学的な構成要素である。これらの世界は「時間の他の輪」、すなわちカーラチャクラ・ヴァジュラヨーガの生成プロセスと完成プロセスが生み出した神格化による救済論的な道によって浄化される。