ブルクマとケサルの結婚
1
子供(ケサル)は、父親がだれか聞くために、師匠のツェグを訪ねた。師匠は子供が来ることを知っていたので、草刈りをしていた下僕に、子供を彼のところに案内するよう命じた。下僕たちは子供に食べ物を与えたが、子供はそれを食べるふりをして、袖の中に隠した。
子供は黄金の蝿に糸にしばり付け、それを持って遊んでいた。下僕のひとりはその蝿で遊んでもいいかと子供にたずねた。しかし彼はその蝿を失ってしまい、子供(ケサル)は賠償を求めた。下僕たちは、食べ物をたくさんもらったのだから、賠償を受け取ったようなものではないかと主張した。ケサルは裾をあけて、もらった食べ物をそれぞれの下僕に返した。ケサルに借りができてしまったことに気がついた彼らは、彼を喜ばせるために麦酒や山羊を持ってきて献じた。そのあともケサルは彼らをひいきにし、魔法の力でかわりに草刈りをしてあげることもあった。
ケサルは庵の窓の前に山羊を引いてきた。山羊を殺す準備が整った。
そこに師匠が現れ、山羊を殺さないようにと言った。ケサルは、もし師匠が父親の名を教えてくれたら殺さないと約束した。師匠ツェグは少年に、黒、白、赤のテヨル(the yor ピラミッド形の石)を持って平原へ行きなさいと言った。そこに行けば乳の名が明かされるというのである。
師匠は少年より先にひそかに平原に行き、テヨルの石のなかに隠れた。少年が質問を発すると、隠者は石のなかから、アグ・パサン・デンルキェ(Agu Pasang ldan ru skyes)が父の名であると答えた。これはウソだったので、「冷たい谷」のすべての草や木々は瞬時にしおれてしまい、真っ黒になった。
ケサルはすぐに草や木々の生命を回復し、谷のもっとも深いところへ行ってパサン・デンルキェを探し出した。このアグはケサルから「お父さん」と呼ばれてびっくりした。この鼻輪をつけたアグは、柴を背負ったまま、ゴクサン・ラモのもとへ連れて行かれた。そこでケサルは彼を父と紹介した。
2
少年(ケサル)はアグたちがリンの土地を分配する決定を下したことを耳にした。彼はお坊さんのような恰好をして、彼らの集会場所へ向かった。途中で彼はアグ・パルレと出会った。アグはケサルに、馬に乗ったまま彼の後ろの位置にいなさいと言った。ケサルはそのとおりにしたが、シラミの大軍を後ろからアグめがけて放ったのである。アグは怒りのあまり我を忘れそうになった。
少年はアグたちに、リンの土地をすこし分けてもらえないかとたずねた。それにたいしアグたちは、結婚式や葬式に参列する権利は認めた。またビチュ(sByichu)という浅瀬やドマ平原(Groma thang)にも行く権利が認められた。
少年はこの権利を存分に利用した。葬式のときに参列して喜劇的な歌をうたったり、結婚式のとき悲壮な歌をうたったりした。彼を黙らせるために、たくさんのお金を少年に払わざるをえなかった。
アグ・クライトゥン(トトゥン)はリンの首領に選出された。そしてブルクマは彼の妻となるはずだった。さて少年がビチュという浅瀬に行ったとき、クライトゥンが浅瀬を渡ろうとしているのが見えた。少年は無理矢理にクライトゥンを馬から引き離した。もうすこしで彼は溺れてしまうところだった。少年は無礼な行為を詫びたが、馬に乗っているのがクライトゥンとは知らなかったとうそぶいた。
3
それからケサルはドマの根(人参果)を採集しにドマ(グロマ)平原に行った。乙女ブルクマもおなじ目的で、召使いを連れてドマ平原に行った。彼女はうまく採れなかったので、召使いの女は浮浪児(ケサル)に、この淑女にすこしお裾分けしてくれないでしょうかと頼んだ。
彼はすこしずつかじったパンを彼女に分け与えた。彼かかじると、そこの部分は成長し始めるのだった。しかしまたも彼に何ももたらされなかったので、ケサルはひやかし気味に言った。
「犬に会えば、犬はぼくの言うことを聞きます。男に会えば、男もぼくの言うことを聞きます」[訳註:フランケの説明によると、ラダックでは犬を人間のつぎに賢い動物とみなしている。女性よりも賢いと多くの人は考えるという]
浮浪児(ケサル)を喜ばすために、ブルクマは彼を翌日の祭りに招いた。少年はだれよりも早く彼女の家に行き、扉の梁(はり)の後ろに隠れた。少女全員が部屋に集まったとき、ブルクマは彼女たちに扉を閉めて浮浪児を入れないようにしようと言った。というのも、彼がいるとすべて汚くなってしまうからだ。しかししばらくすると、扉の梁の上に少年があらわれた。
彼が少女全員の頭に触れると、みな眠くなって寝てしまった。隣人が妊娠した雌ロバを持っていた。彼がそのロバを蹴飛ばすと、子供が生まれた。彼はその子ロバの頭部を切り、扉にもっとも近いところにいた少女のベッドに置いた。それから彼は窓を開き、少女たちを呼んだ。
扉の近くにいた少女は、ベッドにあった子ロバの頭を発見し、それを隣のベッドの上に置いた。置かれた少女はまた隣のベッドに置いた。こうして子ロバの頭は、最後にはブルクマの山羊皮(のベッド)に置かれたのである。ブルクマが目覚めた瞬間、子ロバの頭がドサリと落ちてきた。
浮浪児(ケサル)は大きな音をたて、叫んだ。
「大変だ! 乙女のブルクマがロバの頭を産んだぞ! もし犬に会ったら、犬はそのことを聞くだろう! もし男に会ったら、男はそのことを聞くだろう!」
少女は浮浪児を婚約の宴に招いた。少年は参列する際にロバの頭から切り取った耳を持ってきた。そのときアグ・クライトゥンは黄金の玉座に坐っていた。そしてほかのアグたちはトルコ石の玉座に坐っていた。浮浪児は乞食席の一番前の木の席に座った。
乙女ブルクモが麦酒の壺を持って、アグ・クライトゥンの前に進み出ると、こう宣言した。
「この壺を、あなたの10本の指で、あなたの蓮の口で、触れないでください。あなたの絹の結び目のような舌で味見しないでください。あなたの黄金の器のような喉で飲まないでください。あなたの魂で酒やお茶を飲んでください。そしてふたたび地上に置いてください」
アグは両手で壺を受け取ったが、浮浪児のほうを見た瞬間に混乱し、壺を地面に落としてしまった。アグ・パルレやほかのアグたちは飲むよう求められたが、だれも飲もうとしなかった。
乙女が浮浪児の前に来たとき、彼は言った。
「こっちに来て見てごらん、お嬢様」
浮浪児が彼女に見せたのはロバの耳だった。しかし彼女は浮浪児を「汚れた手、便所の口、やすりのような舌、長すぎる喉をもった、木の座席に座る乞食」と呼んだ。飲む前に、少年は同時に生まれた9つのラ(神)やル(竜)に、またワンポ・ギャプシン、母キャプドゥン、ジョクポ、父方、母方の神に祈りを捧げた。それから犬の歯が埋め込まれた杖でもって彼は壺を空へ向かって投げた。そして麦酒をすべて飲みほし、お茶がいっぱいに入ったやかんを地上に置いた。
そして乞食全員が音を立て、声をそろえて言った。
「われらの浮浪児は、ブルクマを(花嫁として)受け取ったぞ!」
4
ブルクマの両親は、花婿のための黄金の玉座と白い絹のカーテンの準備をはじめていた。しかし浮浪児が彼らの花婿になったため、彼らは絹のカーテンを黒い山羊の毛皮に、黄金の玉座をぼろきれの絨毯に変えなければならなかった。この絨毯はまちがったやりかたで床に敷かれた。乞食たちが運んできたガラクタの前に少年はやってくると、彼はまちがったやりかたで敷物の上に坐った。すなわち彼は壁に向って坐った。彼はまた食べ物として、もみ殻が混じった小麦粉をもらった。
ブルクマはといえば、火をつっついていた。そして浮浪児は子犬に、毎回四方に3回飛ぶことを仕込んでいた。こうしている間に部屋の中は糞でいっぱいになった。ついには悪臭が漂うようになり、みな部屋を出ていかなければならなくなった。
その夜少年は古い獣皮を受け取り、藁小屋に連れていかれた。ブルクマの両親は虎、豹、その他さまざまな動物を飼って戸を警護させた。少年は獣皮をこま切れにして、戸の前に骨といっしょに置いた。それから彼はディモ・グチョ(Drimo dgu chod)の谷へ走っていった。
翌朝、乞食たちが少年を見に集まってきた。しかしその姿が見えなかったので、ブルクマは彼らに復讐されるのではないかと恐れた。彼女はアグ・ガーニ(Agu dGa’ ni)のところを訪ね、少年がどこへ行ったか占ってもらった。ガーニは言った。
「おお、乙女よ。赤い口、赤い舌を持つ者よ。そなたはよい食べ物を食べて太るだろう。美しい着物を着て通りを歩くだろう。そして乞食たちの復讐がそなたに襲い掛かるであろう。わしはまあ、占いについてはよく知らんが」
少女は家に帰って泣きはらしたが、もう一度アグ・ガーニのもとへ行った。今度は真珠がいっぱいの黄金の器を携えていた。
アグはこう言った。まず銅の丘に行かなければならない、それから黄金の丘、鉛の丘、銀の丘に行かなければならない。それからソバを食べ、ニラネギ水を飲み、あとでケーキを食べ、甘い水を飲まなければならない。
「ディモ・グチョ谷にすこし盛り上がったところがある。そこにそなたは糞の壁を築かなければならぬ。そうすれは彼を探し出すことができるだろう」
ブルクモは家に帰り、そして召使いを連れて戻った。ディモ・グチョの谷で彼女は浮浪児を発見したが、少年は美しい姿、すなわちケサルの姿をしていた。彼は何か訓練のようなものをしていた。(第2章の「ケサルの誕生」のなかで、この訓練について描かれた箇所がある)
それはあたかも右肩から太陽が昇り、左肩から月が昇るかのようだった。少女らはその様子を見て思わず笑ってしまった。
そのとき突然雪を伴った嵐と雹の雨がやってきた。そしてケサルは完全に視界から消えた。嵐が過ぎ去ると、そこには浮浪児の姿の少年がいた。彼はまた少女らをからかって遊んだ。ブルクマは彼に嘆願して家に帰ってもらった。でなければ乞食たちが少年に復讐するかもしれないと考えたからである。
ブルクマの家に着くと、少年は土鍋を手に取り、獲物を調理しはじめた。しかし彼女の眼には、その肉はネズミの肉にしか見えなかった(これはケサルの呪術によるもの)。それから彼は本物のネズミを殺し、ひそかにブルクマの山羊皮のなかにしのばせた。肉が調理し終わる頃、彼は叫んだ。
「一片の肉がないぞ! だれが盗んだのだ?」
その場にいたすべての人が、だれも、何も盗んでいないと主張した。しかしブルクマが立ち上がったとき、彼女の山羊皮からネズミの肉が転がり落ちてきた。浮浪児はまた騒音をたて、彼女をはやしたてた。
5
彼らはリンの国へ行った。少女たちのほうが早く出発したが、着いたのは浮浪児が先だった。アグたちはつぎのように言われた。
「乙女ブルクマは、リリ(Riri)という名の野生のヤク(ドン
’brong)の皮を持ってきた者に嫁ぐだろう。その者はそれを土地全体に、そしてリンのお城に広げ、9尋(’dom)だけが残るだろう」
ブルクマの母は少年に食べ物を与えた。彼のネズミの皮の袋には、彼の木の実の殻と同様、無尽蔵に食べ物が入った。一方、ブルクマの袋はすこし入れただけでいっぱいになった。
ケサルは召使いのダンゲ(Drangge)とドンゲ(Drongge)とともに出発した。そして夜、アグたちの休息地とあまり離れていないところで休んだ。アグたちはそのあたりの土地のことを知らなかったので、つぎの野営地で、柴や水がどこにあるか知りたいと思った。それゆえ、彼らはアグ・パルレを偵察に送って、浮浪児が翌日のためにどんな準備をしているかを探らせた。ケサルはパルレが物陰に隠れて様子を探っているのを知っていたので、召使いたちに翌日のために木をたくさん集めてくるように命令した。その間にケサルは彼らに、翌日のために皮(の容器)を水で満たしておくようにとも言った。
翌日、アグたちが野営地に着くと、木はふんだんにあるが、水がないことを発見した。運んだ大量の木は無駄だったのだ。彼らは浮浪児に水を分けてくれるよう頼まなければならなかった。しかしそれぞれが数滴ずつしかもらえなかった。
つぎはアグ・アンガル・ツァンポが少年の野営地に偵察に送られた。またしても彼らはだまされ、つぎの野営地に大量の水を運ばされるはめになった。そこにはたっぷりと水があるのに、木がなかった。
つぎに彼らはアグ・ガーニを少年の野営地に偵察に送った。彼が様子をうかがうと、少年は召使いに箱をあけてきれいな着物を取り出すよう命じていた。明日、町に着くので、きちんとした服装が必要だったのだ。
そのことを知ったアグたちは、さっそくもっとも見栄えのいい衣装に着替えた。しかしケサルは普段着のままだった。行く手にはたくさんの茨(いばら)があった。アグたちが町に到着した頃には、服はぼろぼろになっていたので、町の人々から軽蔑されることになった。ただケサルだけが、杜松を焚いた香気やバターを塗って飾られた麦酒の壺でもって歓迎を受けることになった。[註:モンゴル版に似たエピソードがある]
アグたちがたくさんの獲物を殺している間、ケサルは寝ていた。彼の召使いは、アグたちは腹が減っているのだろうと言った。ケサルは野生の山羊を一匹、彼らのために殺したが、アグたちには一滴でもその血を流すことを禁止した。とはいえ血はつねに滴り落ちるので、落ちる前に舐めなければならなかった。
翌日、7匹の野生の山羊が、すなわち金、銀、貝殻、銅、真珠、トルコ石、珊瑚でできた角を持つ山羊が現れた。彼ら(7匹の山羊)は自分たちを守ってくれるようケサルにお願いした。でなければ、アグたちが彼らを絶滅させるだろうというのだ。ケサルは、もしヤクのリリがいる場所を教えてくれるなら、助けてあげようとこたえた。
しかし野生の山羊たちは、その場所を教えないという誓約を立てているので教えることはできないと言った。と同時に右側の丘の方向へ進むといいと助言を与えた。ケサルはそれを聞いて喜び、彼らが助けてくれていることを認識しながら、彼といっしょに生まれた神々やナーガに祈った。
「今日にいたるまで、狩猟の武器は音を立てなかった。(弓のこと)しかしいま、武器は騒々しくなった。(火器のこと)」
すべての動物はその音を聞くことができるので、仲間のうちの一匹が殺されたなら、すぐにほかのものは逃げ出すだろう。これは彼らの有利な点でもある。以前はそうした警告を受けることさえなかったのだから。[註:ケサルは火器の導入者といわれる。それは彼が雷電の剣を生み出したという信仰とも符合する]
ケサルはすぐにヤク(ドン ’brong)のリリを見つけることができた。そして懸命にリリをおだてた。彼はリリを父と呼び、ぼくは、つまりあなたの息子はその巨大な角に脅威を感じていると言った。ヤクはすぐに角を捨て去ったので、ケサルは彼に近づくことができた。
ある日ケサルは砂糖入りのパンを食べていた。ヤクのリリはケサルに何を食べているのかとたずねた。ケサルはこたえた。
「ぼくは右目を取ってそれを食べているんだ。とても甘いよ」
ヤクがそれを食べたがったので、砂糖入りのパンを渡した。そしてヤクが自分の右目をほしがったので、ケサルはそれを取り、右目のように見せて砂糖入りのパンを渡した。同様のやりかたでヤクは左目も失った。
目が見えなくなったヤクに、ケサルは毒が入った草と水を渡すと、ヤクはふらふらになった。ヤクは自分を癒すために、杜松のお香を焚いてほしいと願った。ケサルがヤクの胴の下でいぶすと、ヤクの体全体の皮が抜け落ちた。
ケサルは穴を掘り、少量の枝葉で覆った。彼はヤクに「捕まえてごらん」と声をかけておびきよせると、ヤクは穴に転落した。そこで矢と槍を使ってヤクを殺した。ケサルがヤクの皮を取ろうとすると、うまくいかなかった。皮はヤクの体に戻ってくっついていたのだ。そのとき、彼は遠くで2羽のカラスがしゃべっているのが聞こえた。
「あの男みたいなやりかたでは、皮むきに1か月以上かかっちゃうよ。スイカズラの杭(くい)で地面に固定して、すこしずつ皮をはぐしかないのに」
ケサルはカラスが言ったとおりにしたところ、今度は成功した。彼はヤクの皮をリンの国に運び、国全体とお城に広げると、9尋(ドム)だけが余った。すると乞食たちがまた騒音をたて、叫んだ。
「浮浪児が乙女ブルクマを手に入れたぞ!」
6
ブルクマの両親は娘を浮浪児に嫁がせたくなかったので、こう言った。
「私たちの娘は彼のもとに嫁ぐでしょう。そうしてニマ・キュンルン(Nyima
Khyung rung)という鳥の羽根を持ってくるでしょう。
アグたちは違う谷に行ったが、浮浪児は鳥のいる谷へ行った。道の途中に、ドゥクシャ(dug sha 毒の体)という岩があった。普通の人はそれを迂回するので、1か月も余分にかかってしまう。しかし少年は岩の上に立ち、こう言った。
「もしぼくが悪魔チュルルグ(Ju ru lu gu)に勝ったら、そしてもしリンのお城、ブルクマ、ニマ・キュンルンの羽根を手に入れることができたら、東、西、北、南へ7歩歩いてください」
そして彼は鼻輪を岩に結わえ、命じると、岩は飛び跳ねた。ケサルはすべての生き物に害をなさないよう、岩を破壊した。そして鳥の国へ向かった。
そこで彼は地上に触れず、空にも触れない矢の長さの家を見た。戸も窓もなく、あるのは小さな穴だけだった。この家にニマ・キュンルンの家族が住んでいた。
中に入っていいかとケサルがたずねると、ビャモ・カルモ(Byamo dkarmo)はこたえた。
「もし飛ぶことができるなら、入ってもいいでしょう。しかし巣や卵を壊さないように気をつけてください!」
そこでケサルは鳩の姿に変身し、家の中に入った。彼はそこで、ビャモ・カルモと楽しみながら一か月を過ごした。
それから彼はニマ・キュンルンの棲家についてきいた。ビャモ・カルモはこたえた。
「いま彼は太陽と月の間の庵にいます。そこへ通じる道を見張っているのは、鳥のソ・ミクマル(So mig dmar)です。こもりの期間が終わったら、彼は人間世界を破壊しに行くことになっています。
ニマ・キュンルンの胃袋には、宝がたくさん入っています。それらは金、銀、銅、鉄、貝などです。その身体は鋼(はがね)のようになります。だれも彼を征服することはできません。彼は22日間、庵のなかで座禅をして過ごしています。それが終わるまでに、あなたはソ・ミクマルを殺さなければなりません。そのあとあなたはニマ・キュンルンを殺すことができるのです」
7日後、ケサルは歩いてソ・ミクマルの洞窟に着いた。彼は洞窟から流れてくる歌に耳を傾けた。それは夢の中で聞いた歌といっしょだった。どうやって彼(歌い手自身)が死ぬか、いかにニマ・キュンルンが殺されるかについて、その歌はうたっていた。洞窟を出るとき、ケサルは矢をひとつ放って鳥を射殺した。
ケサルは空の高みにテントのようなものを見た。これがニマ・キュンルンの住居だった。しかし、どうやったらそこへ行けるかわからなかったので、彼は悲しくなり、寝てしまった。
そのときアネ・クル・マンモが、息継ぎをせず、ケサルの白、黒、赤の矢にむかって語りかけた。
「さあ、行って鳥を殺しなさい」
すると矢はけたたましい音をたてながら飛翔し、鳥を射止めて殺した。浮浪児が目を覚ましたとき、鳥は地上に落ちてきた。ケサルはまだすこし眠かったが、白い鋼の斧で鳥の胃袋を開けた。彼は宝物すべてを(鳩の)卵袋に入れ、羽根の一本を抜き取り、リンの国へ向かっていった。
7
アグやその他リンの人々は、ケサルがやってくると聞いて会合を開いた。そしてアグ・パルレをケサルのもとに送った。アグ・パルレは言った。
「今日という日からそなたはリンの最高峰であります。神のごときケサル王であります。そしてブルクマを王妃に迎えることになります。どうかご自身の真の姿を乙女に見せてください」
「わかった。そうしよう」とケサルはこたえてその場を去った。
王の柳(ギャル・ジャンジャン。世界樹)と呼ばれる山の頂で、彼はブルクマやその他彼に会いに来たリンの人々と面会した。ブルクマは歌った。
「たくさんの足が鳴らすようなすさまじい音が轟きます。それはキャンジュン・ベルパ(rKyang
byung dbyerpa)が立てる音。
おお王よ、そなたが兜(かぶと)をかぶるさまは、まるで日光が天空に触れたかのよう。そなたが武衣を羽織るさまは、人々の地が光に満ちたかのよう。そなたが帯をつけるさまは、まるで朝日が頂上に触れたかのよう。そなたがカタ(儀礼用スカーフ)をまとうさまは、雨が岩を濡らすかのよう。
はじめ私は銅の丘に行った。いま私は神の丘の近くにいる。はじめ私は訛りの丘に行った。いま私は銀の丘の近くにいる」
ケサルはまた浮浪児の姿に戻り、ティ・バンバン(Ti bangbang)の丘に行った。彼hそこでニマ・キュンルンの胃袋から取ってきた宝物を分配した。若い男は銀を、若い女はトルコ石を、老人は貝殻を、母親は真珠を、ラマはオレンジ色の鼻を、モン(楽器演奏などをする階級)は笛を、金細工師は金を、鍛冶屋は鉄をもらった。
それから彼はまたケサルの姿に戻った。すべての人間の土地は光にあふれた。彼らはみな音楽とともにリンのお城へ向かった。そこで彼はブルクマを王妃として迎え入れた。彼らは7日間そこに残った。
それから小人たちがやってきて、宴の準備を整えた。父のトンパは黄金の玉座に、母ンゴンモはトルコ石の玉座に坐った。45人のパスプン(男の親戚)は右側に、45人のマスプン(女の親戚)は左側に坐った。白鷲のように美しい老人たちは中央に坐った。炒ったばかりの穀粒のように美しい少女たちは円形に坐った。歯の美しい若い男たちは踊りのために立ちあがり、小人たちは貝殻の玉座に坐った。
宴が終わると、すべての人々は家路についた。ケサルとブルクマだけがリンのお城に向い、ふたりはそこで長く平和に暮らした。