ケサルの中国への旅とユイコンとの結婚 

1 

 7つの王国を平定したあと、ケサルは白、黒、赤の丘の近くの庵にこもった。なぜこもったかといえば、中国へ行く道を見つけられなかったこと、そして3年間修業をしたあとなら、中国の王に魔術的な力を見せられると考えたからである。

[訳注:中国(rGya nag)の王は皇帝(gongma)ではなく、あくまで王(rgyal po)である。中原を支配した強大な中国王朝ではなく、領主程度の王である可能性がある。もっとも、ケサルもギャルポにすぎないのだが] 

 庵の下に彼は山羊のカブル [訳注:頭蓋骨(カパーラ)か] を置き、2年半が過ぎたとき、魔術的な力を中国の王に見せた。こうしたなかで、中国の王の城は、その片側がこなごなになり、王自身も頭痛に悩むようになった。運勢占い師や占星術師が諮問され、災難がケサルによって引き起こされたことがすぐにわかった。

「ケサル自身がここに来なければなりません。王を治療するにはそれ以外に方法がないのです」と占い師たちは声をそろえて言った。

 中国人は特使をケサル王に送るのを怖がり、躊躇した。特使が殺される可能性があるからである。それゆえ彼らは鳥のドルレ(lDorre)に手紙を持たせて送った。中国人はケサルが欲しそうなものすべてを贈る約束をしたが、彼は人間の特使が来るまで、招待を受けようとしなかった。

 中国の王は自分の手を切って血を流し、その血と土とを混ぜて人を作った。それに息を与え、活かしてから、ケサルのもとに送った。この新しい生命は、ケサルの前に手紙を投げ込むと、どこかへ消えた。

 ケサルのこもりの時間が足りなかったので、彼はアグ・クライゴ・クライトゥンを特使として送った。アグは道を知らなかったので、暗い霧が行く手をふさぐと、道を失ってさまよい歩いた。

 3年の瞑想修行を終えると、ケサルは山羊のカブルを殺し、その肉を獲物の鳥に与えた。そして父トンパと母ンゴンモのところへ行って、つぎのようなものを求めた。

 すなわち谷や丘を好きなだけ入れられる籠、砂漠を入れることのできる皮袋、川の水を入れることのできる壺、シラミの腱の束、赤いてんとう虫の血、大量の黄金の塵、羅刹女ロネモ(Ronemo)の赤い頬っぺた、羅刹(Ragsha)の手、一掴みの太陽光、一掴みの月光、燃えた絹の灰などである。

 父トンパは、羅刹女の頬っぺたと羅刹の手以外はそろえることができるだろうとこたえた。これらを得るためには、寒い谷へ行って行者にたずねる必要があった。

行者自身は何も与えることができなかったが、銅の犬を貸すことはできた。この犬たちが羅刹女らを探す間、行者と犬は落とし穴を作った。

穴が完成した頃、犬たちが羅刹女らを追い立てながら戻ってきた。ケサルは窓から矢を放って彼らを射止め、羅刹女の頬をえぐり、羅刹の手を切り取った。

それからケサルは中国へ向かった。

 

2 

 三日後、ケサルは高い丘でアグ・クライトゥンを発見した。ケサルは旅人に姿を変え、どうやってここへ来たのかたずねた。アグは、自分はケサルの中国への使者だが、道を失い、腹も減って死にそうだとこたえた。できもしないことを請け負ったこと、またそのうぬぼれの強さをケサルは非難した。ケサルはアグをリンに帰らせた。

 もう七日進んで、ケサルは高い丘と岩にはさまれた湖に達した。七日間も歩いたと言うのに、いまだ道を見つけることができなかった。彼は谷や丘を入れることのできる籠を、海や丘や川を入れることのできる壺を投げ出した。[訳注:自然の障害を魔法の籠や壺に入れることによって取り除く] 

 もう三日進むと、ケサル(と馬)は砂漠化した地域に出た。馬に乗っても、歩いても進めなくなり、彼らはすっかりみじめな気持ちになった。しかしこの障害は、魔法の袋に「砂漠を入れる」ことによって取り除くことができた。

 もう三日進むと、彼らは腱のないシラミが群れをなす国に着いた。シラミはケサルの体中を食べまくったが、彼は持っていたシラミの腱を与え、逃げた。

 さらに三日後、彼らは血を持たないてんとう虫の大群と出会った。血を分けてやると、ケサルは何の害も受けずに通り過ぎることができた。

 そのあとの十日間は真っ暗だった。暗い霧に覆われていた。人に食べ物はなく、馬に草はなかった。ケサルは十日間も太陽を見ていないことに関し、アネ・クルマンモに向って叫び、不平を言った。アネ・クルマンモはケサルに、一掴みの太陽光と月光を持っていることを思い出させた。ケサルがそれらを取り出すと、太陽と月が昇った。すると夜の間さまよっていた道が浮かび上がったので、彼はとても驚いた。

 また三日間進んで、彼らは道が羅刹によって阻まれていることを発見した。そのなかのひとりは、ケサルに手を奪われた羅刹だった。もし通してくれたら手を返そうと言うと、羅刹は喜んで道を示し、手を取り戻した。

つぎの三日間、同様に羅刹女の地域でも、頬を返す見返りに道を教えてもらった。

 三日後、彼らは凍てついた峠に達した。そこでは氷の塵が彼らに降りかかってきた。そこを越えるのは困難で、引き返さなければならなかった。彼らはそこで3人の貧しい男たちと会った。ケサルが彼らに黄金を渡すと、彼らは道を教えてくれた。

 湖の中央の城に住んでいる中国の王は、ケサルが国に近づいていると聞いて、たくさんの家来を出迎えに行かせた。ケサルが近づけば近づくほど王の痛みが和らいでくるのは不思議なことだった。

 

3 

 アグ・クライトゥンは、リンの地に戻ってくると、ブルクマに黒テントを渡し、リン城から追い出した。そして自ら王を名乗り、国の専制君主になった。彼は3つの帽子を積み重ねてかぶり、馬の鐙(あぶみ)を三重に設置し、犬には3つの赤い首輪をつけさせた。

 中国の王にはユイコン・チョクモ(gYui dkon mchogmo)という娘がいた。彼女は何としてもケサルといっしょに国を出ていきたかったので、父である国王に許しを求めていた。彼らが出ていくときには、財宝もいっしょに出ていった。

 国の貴族たちはこうなることを望んでいなかった。そこですぐケサルを追いかけ、竜の穴を見ずに国を去るつもりか、と問いただした。そこでケサルは戻り、竜が穴から出てくるのを待っているとき、貴族たちは後ろから彼を穴に突き落とした。

 そこには白、黒、黄色の3頭の竜がいた。ケサルはそれらを殺した。白い竜は絨毯として、黒い竜は枕として、黄色い竜は服として使った。彼は竜の肉を食べ、歌をうたって上機嫌だった。

 つぎに中国人は石を投げつけてケサルを殺そうとした。しかしアネ・クルマンモは黄金の蝿に変身することをすすめ、彼は逃げることができた。ケサルは寒い谷に行き、呪術を実践した。それによって中国のあらゆるところにライ病がはびこった。

 

4 

 呪術師の助けを借りて、中国人たちは疫病の原因がケサルであること、またケサルが寒い谷にいることがわかった。彼らは特使を送り、宝物とともにユイコン・チョクモを献上した。それゆえケサルは庵を出て、中国へ向かった。中国に着くと、すぐにライ病はおさまった。しかし彼は十日以上滞在することはせず、宝物を持ち、ユイコンをつれてリンに戻った。

 リンに着く前、ケサルは黒い山羊を作りだし、黒い絨毯の上に置き、自身は放浪者に変身した。そして宝物すべてと王女はポケットのなかに入れた。彼はブルクマが黒いテントに暮らしているのを発見した。そしてアグ・クライトンが三重の帽子をかぶって玉座にふんぞり返っているのを発見した。放浪者は、三重の帽子、三重の鐙(あぶみ)、犬の三重の首輪は何を意味するのかと聞いた。クライトンが言うには、三重の最初のものは、ケサルが死んだことを意味し、二番目はリン城が自分のものであることを示し、三番目は通常の用途に使われているのだという。

 ケサルは放浪者に扮したままブルクマのもとに戻った。そのブルクマは彼が中国から来た放浪僧だと信じ込んでいたので、ケサルについて何か知らないかとたずねた。

「ケサルは中国で死にました。彼の死に際し、中国の王は偉い僧侶には1000、並の僧侶には100ほど贈りました。そして私には黒い山羊と絨毯をくれました」

 ブルクマはそれを聞いて叫ぶなり、気を失った。

 しかしいま、ケサルは本来の姿に戻った。そしてアグ・クライトゥンを追い立て、槍で殺した。彼はふたりの妻とともにリン城に戻り、そこで幸福に暮らした。アグたちも大いに喜んだ。[訳注:アグ・クライトゥンは叔父のトトン(トドン、トトゥン、チョトン……)であり重要人物だが、ここではあっけなく殺されている]