雌馬になった女神ラクシュミー    宮本神酒男訳 

 

 かつてヴィシュヌ神は彼の住まいであるヴァイクントに楽しく暮らしていました。ある日女神ラクシュミーとともに、ヴィシュヌは神馬ウッチャイシュラヴァに乗って聖者ライヴァトを訪ねました。この格別にすばらしい馬を見て、女神は心を奪われ、馬以外のすべてのものに対して冷淡になり、馬ばかりを眺めるようになったのです。女神は物思いにふけるようになり、ヴィシュヌが彼女の腕を持って揺さぶらなくてはならなかったほどでした。それでも彼女はヴィシュヌにたいして冷淡でした。夫の命令にもそむくようになったので、ヴィシュヌは怒り、妻に呪いをかけてしまったのです。

「おまえは私や賢者に対し冷淡で、物思いにばかり耽っている。だから呪いをかけよう。おまえはその浮気性からラマーと呼ばれるようになるだろう。そしてだれにも頼ることができなくなるだろう。そして雌馬の姿をとって、永遠にさまようことになるだろう」

 この呪いによって女神は物思いにふけった状態から脱することができました。しかし自分が犯した罪について考えると悲しかったのです。そして夫ヴィシュヌに許しを請い、彼だけにずっと身を捧げていきたいと誓いましった。ヴィシュヌはラクシュミーを不憫に思い、呪いを緩和し、雌馬の姿で子馬を産んだあと、ヴァイクントに戻ってもいいと告げました。

 呪いの内容にしたがってラクシュミーは雌馬になって、ヤムナー川とタマサ川が合流する地点に行き、シヴァ神に対し祈りを捧げ始めました。雌馬の(ラクシュミーの)祈りに喜んだシヴァ神は妃のウマとともに現れ、口を開きました。

「おお、女神よ、心配は無用! あなたの呪いはじきに解けるであろう! 私とヴィシュヌの間には違いがないことを思い起こしてほしい。われらはふたりともおなじ至高の精神の化身なのだから」

「知っております、偉大なる神よ」と雌馬(ラクシュミー)はこたえました。「かつて神はそのことをおっしゃっていました」

 そうして彼女は呪いによって雌馬の姿を取るにいたったいきさつを説明し、この苦境から救い出してくれるよう懇願しました。シヴァ神は、まもなくするとヴィシュヌ神が馬の姿を取って地上に現れるだろう、そしてあなた(雌馬)と交わることによって雄の子供が生まれるだろうと言いました。そのあと彼女はヴィシュヌ神の領域であるヴァイクントに戻りました。

 このように彼女に確約したあと、シヴァ神は自分の住まいであるカイラース山に戻り、時機を見て、信頼できる部下であるチトラループにヴィシュヌのところへ行き、馬の姿を取って地上に現れるようにと伝えました。メッセージを受け取ったヴィシュヌはそのとおりにしました。

馬の姿の彼は地上をさまよい、ヤムナー川の岸辺で美しい雌馬と出会いました。運命によって定められていたので、牡馬(ヴィシュヌ)は雌馬(ラクシュミー)と性的交渉をおこなったのです。そしてしばらくして美しい子馬が生まれたのです。

子馬を産んだので、呪いは解け、彼女はヴァイクントに戻りました。ヴィシュヌもまた先例にしたがって子馬をガンダルヴァ・トゥルヴァスに養育を頼んで去っていきました。子馬は馬のような特質を持った少年に成長し、のちには彼自身の名ハイハヤにちなんで命名されたハイハヤ・ヴァンシャと呼ばれる王朝の創始者となりました。