野や山に満ちる神々 

マ・リファ 宮本神酒男訳 


(1)

この章の冒頭で、読者の皆様を、遥か彼方へと続く二つの谷へとご案内しましょう。そこは遠くの空と地平線、そして彼方の山々や水辺が広がる土地なのです。

これら二つの谷は、いずれもラサ川(キチュ川)沿いに位置しています。正確に言えば、後者はラサ川とヤルンツァンポ川の合流点に位置しています。常識や経験に照らせば、川沿いに定住することは世界中の初期人類に共通する営みであり、したがって、そこには必然的に歴史的伝統が存在することになります。

 さあそれではこの古きよき魅力に満ちた谷を旅しましょう。

これらは、農業に適した比較的広い谷です。谷は一般的に、内側が高く外側が低い、傾斜した形状をしています。砂利の広がる地面の傍らには、夏の鉄砲水が残した乾燥した筋状の跡が、その地を横切るように走っています。谷底にはや集落が点在し、穏やかな土地にひっそりと佇む家々は、いずれも白い壁と平らな屋根を持ち、深い静けさを漂わせています。

村の近くの畑の傍らには、人の手で植えられたポプラやヤナギの木々が立ち並び、谷の両側の斜面には、野生の灌木が時に密に、時にまばらに点在しています。風のない晴れた日には、太陽がまばゆいばかりの白い光をそそぎ、谷間は深い静寂に包まれます自分の耳の中で鳴るかすかな羽音さえ聞こえてくるほどに深い静けさです。[訳注:病的な耳鳴りではなく、静寂の中で誰もが捉えるわずかなシーという音のことだろう]

 こうして、自然と人工の景観が織りなす谷の姿が鮮明に私たちの目の前に広がりました。まず幾度となく訪れたことのあるサンプ(bSam phu)谷へと向かうことにしました。この谷はチャグ(Bra dgu)谷と並行して走っていて、両者を隔てているのは、雪が降ると「長寿の六つのシンボル」の模様が浮かび上がる山だけです。サンプ谷はラサからそれほど遠くない場所にあります。

そこへ行くには、ラサ市街の南東部から西へ向かい、ラサ川に架かる橋を渡って、山腹や川沿いの道を進みます。柳梧(sNe’u)郷の役場を過ぎた後、南へ向かえばチャグ村に至りますが、そのまま西へ進み、山の尾根を回り込んで谷に入れば、谷の底へとたどり着くことになります。


つづく