媽祖物語 宮本神酒男 編訳

 

3 火傷をしない媽祖

 伝え聞くところによると、宋朝の時代、蒲田に劉義という名の有名な鋳鼎師がいた。その技は遠近に聞こえていた。彼の鋳造した鼎は美しいだけでなく、耐性にもすぐれていた。

 あるとき彼は眉洲に渡った。この島には鋳鼎師が来たことがなかったのだ。しかし彼がもらったお金は微々たるもので、東の家に行ってはお願いをし、西の家に行っては注文を受けるというありさまで、何ヶ月もいて、家に帰ることができなくなった。

 ある日劉義は漁師一家のために鼎を鋳造し、群集がその見事な手さばきを見ていた。たまたまそこへ林黙が通りかかり、人をかきわけてなかに入ってその様子を見た。

 劉義は焼けて溶けた鉄砂を鋳型に入れ、冷却したあと鼎を取り出したが、底に小さな穴が開いていた。劉義はうつけたような目をした。これまで何個、鼎を作っただろうか。しかしこのようなことは起こったことがなかった。

 彼は考えた。家に帰りたいということばかり考え、誤って鉄砂を二斤使ってしまったのかもしれない。もう一度鋳造しよう。

 彼が鉄砂の二斤で十分だったと考えていたちょうどそのとき、炭火が燃え始め、鉄砂が赤くなった頃、それを鋳型に入れた。しかし鼎を取り出すと、やはりまたも底に小さな穴が開いていた!

 いったいどうしてこんなことになってしまうのだろうか。取り囲む子どもたちは笑い転げている。

「鉄砂は燃える、赤々と。鋳れば鋳るほど、穴が開く」

 劉義は納得できなかった。どうすればいいか、いっそうわからなくなった。取り囲んでいた人々も次第に去っていった。ただ林黙と何人かの好奇心の強い子どもだけが残った。

 劉義はため息をもらし、穴の開いた鼎を地面に投げつけた。子どもたちは驚いてわっと逃げていった。林黙ひとりが残った。

 彼女はふたつの鼎を失敗したのを見て、心から同情して言った。

「先生、わたしがお手伝いしましょうか」

 劉義はそこにひとりの女の子がいるのを見て、彼女が火神を蹴散らしてしまったのかもしれないと思った。怒りが次第に高まって、それを林黙にぶつけながら、叫んだ。

「おまえの助けをだれが必要とするものか。さあ、とっとと消えうせろ」

 林黙は心から助けたいと思ったので、罵倒されたものの、落ち着いて言った。

「いいでしょう。でもその前にすこしだけ鉄砂をわけてください」

 彼女が鉄砂を要求したのは、それを持ち帰って自分で試してみたかったからだ。しかし怒りのおさまらない劉義は、あやまって彼女が望んでいるのは赤々と燃えた鉄砂だと考えた。

「おまえは本当に鉄砂が欲しいんだな!」

「そうです」

 劉義は鼎の端を持ち、傾けてそそぐと、そこに林黙が両手を差し出した。劉義はあっと叫んで飛び上がった。彼女が火傷をしたと思ったのだ。彼は天秤棒を担いで逃げた。林黙はしかし、火傷ひとつ負っていなかった。

 彼女は赤々と燃えた鉄砂を持ったまま家に帰り、それを地面に投げ、「いい人だわ」と言った。

 地面にはふたつの三日月形の鉄砂があらわれた。(占いに使う)ポアポエである。ひとつは凸面を上にし、ひとつは凹面を下にし、陰陽を表している。家族の人はそれを見てひどく驚いた。林黙は人とはちがう何かを持っていた。

 こののち人々はこの三日月形のポアポエを見て、吉凶が占えることを学んだ。現在も少なからぬ媽祖廟でポアポエが使われているのを目にすることができるのだ。

 ところで林黙が素手で赤々と燃える鉄砂を持つことができたのは、彼女が水神だからだろうと言われる。水は火に克つ、ゆえに火傷をしないのである。

⇒ 4 機(はた)に伏して親を救う