チベット医学通史 第3章 

3 不朽の名作『四部医典』 

 

 ひとつの伝統医学の体系が打ち立てられるとき、その創立期には完成に近い理論体系が整っている必要があるが、そのためには根本経典的な礎(いしずえ)となるような著作が不可欠である。たとえば、中医学の『黄帝内経』やアラブ医学の『アヴィセンナ(イブン・スィーナー)医学典籍』、アーユルヴェーダ医学の『スシュルタ・サンヒター』『チャラカ・サンヒター』などである。

チベット医学の礎となる著作は『四部医典』である。8世紀末にユトク・ニマ・ユンテン・ゴンポによって著わされて以降、数百年が経過する間に時代は変わったが、11世紀の13代目子孫ユトク・サルマ・ユンテン・ゴンポによって加筆、修正が施され、チベット医学のバイブル的著作となり、今日に至っている。後世の医学をめざす者にとって、この著作は基礎であり、必修のテキストだった。チベットの伝統学の代表作であり、もっとも権威ある著作である。その名声は国内外に轟いている。

 

(1)『四部医典』の内容 

 書名が表すように、『四部医典』は四部から成る医書である。じつは4冊の独立した医書を組み合わせたものなのだ。内容を一言にまとめると、チベット医薬学の理論構成ということになる。

たとえば生理、病理、解剖、胚胎、病因などから成っている。臨床各科の病状が描写され、病状、症候、治療などを包括する。診断学は脈診、尿診を包括する。薬物学は理論および各種薬物を包括する。治療学は各種外科器具や、内治に関しては内服薬、その他治療法に関しては火灸、薬浴などを包括する。方剤学は丸薬、散薬、膏薬などを包括する。また書中には、医学の起源や医学の倫理道徳、疾病予後、また各医書の伝承などについて記されている。

 総じていえば、医薬学のさまざまな方面のこと、理論や実践、先駆的な著作、理論の萌芽などについて書かれている。各章の内容や構成について簡単に紹介し、この書がチベット医学史においてなぜ崇高な地位を勝ち得ることになったか、説明していきたい。