ミケロの旅日記
7月18日 ミャンマー国境へ(蛭の森、巨大な滝、そして蝶の王国へ)

巨大な恰巴(ハーバー)滝の真下を通過しなければならない。

 売店と食堂を兼ねた簡素な家(主人は独竜族、奥さんはリス族)で休憩を取ったあと、独竜江に沿った広い道を歩く。周囲には熱帯風の巨木が連なり、ジャングルの奥地へいよいよ入ろうとしているのだという思いを強くした。そのときひんやりとした空気が頬に当たり、霧雨が風とともに流れてきた。木々の梢のあいだに白い筋が見えた。滝だ。近づけば近づくほど巨大な滝であることがわかってきた。30メートル以上の高さはあろうか。恰巴(ハーバー)滝という名はあとで知った。歩いてきた道は滝の手前で消失した。

「道はどこにいったのですか」心配になって案内のX氏にきく。

「ここが道ですよ」

 とX氏は滝をさした。冗談を言っているのではないかと私は思った。滝の水ははげしく岩場にぶつかり、そのまま独竜江になだれこんでいる。滝の真下は岩壁なので歩けないし、独竜江に流れ込むあたりは深くて足を取られれば川に流されるだろう。

「これじゃマンダレーまで行ってしまいますよ」

 独竜江はミッチーナ、マンダレー、バガン、そしてヤンゴンを通過してインド洋に達しているのだ。バランスをくずして倒れたら本当にノンストップで海まで旅することになるだろう。

 と、後ろから地元の青年が追い越して、滝の下に入っていった。水の深みを腰までつかりながら進み、岩場を歩き、数分のあいだに向こう側にたどりついた。なんとかなるもののようだ。

豪雨のように滝の水が落ちてくる。慣れた足取りのミャンマー人。

 X氏が水に入る。私はポンチョを羽おり、気合をいれてそのあとを追った。X氏のお尻を見ながら深みのなかを歩く。水は股のあたりまで達した。しっかりと踏んばらないと流されそうなほど水圧が強く、流れに勢いがあった。一瞬、独竜江の激流に木の葉のごとく翻弄される自分の姿を想像した。ネパールの山中で橋を渡るとき、上流から膨れ上がった水死体が流されてきた光景を思い出した。

 気が付くと向こう側に達していた。どこをどう歩いてきたのか、まったく思い出せなかった。泥まみれだったシューズが買いたてのようにまっさらになっていた。コツを覚えたら、けっこう滝の下歩きはスリルがあって楽しいかもしれないと思った。水中で転んでしまったら、撮影機材が使えなくなるので、気を使わねばならないが。

滝を渡り終えたミャンマー人ら。左は独竜江。

 

吊り橋を渡る

 滝を渡り終えたあと、鬱蒼とした熱帯雨林を上っていく。雨季のさなかであり、ときおり小雨もぱらつくので、繁茂した植物はどれも水分を含んでいる。蛭はしかし見かけなかった。石の上で滑ったり、根株でつまずいたりしながらも、支流の流れる谷に行きついた。川には吊り橋が架かっていた。15年前はいくつも渡ったが、今回の旅でははじめての吊り橋だった。とはいっても竹ではなく、板を張っているので、それほど怖がることもないだろう。

支流に架かる吊り橋を渡る男性。

 向こう側から吊り橋を渡ってくる男の人がいた。どこか偉そうな雰囲気をもっている。公安(警察)かもしれない、と考えると鼓動が高鳴った。国境に近い場所なので余計な接触はもたないほうがいいだろう。私は小心者だ。昔、昆明の茶花賓館の近くの歩道に売春婦がたむろしていた頃、取り締まりの白バイが歩道に乗り上げた。売春婦らが「きゃあっ」と叫びながら逃げ回ったとき、たまたまホテルに向かって歩いていた私もいっしょになって逃げ回った。こんなにも小心者なのだ。

 男の人はこちらに注意を向けないまま、立ち去った。

吊り橋を渡るミャンマー人ら。

 私は楽しみながら吊り橋を渡った。渡り終わると、つぎはNさんの番だ。彼女は5メートルほど進んだかと思うと、あわててもどった。びびったのだ。橋の板の上に乗ると、意外と揺れるので、降り落とされそうな気がするのだ。もう一度橋の上をすこし歩いて、止まってじっと動かない。ようやく一歩一歩かみしめるように足を出していく。倍の時間をかえて吊り橋を渡り切った。彼女も晴れて「吊り橋経験者」の仲間入りを果たしたわけである。

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