(4)デゲラ・プラン(まとわりつき鬼)の恐怖

 結果的に無事に着いたので誰にも言わなかったけれど、数日前、ミャンマー国境から馬庫村へ戻るとき、山の中で道を見失ってしまった。案内人は先に行ってしまい、Nさんはといえば逆にマイペースでゆっくりと歩いていたため、真空地帯に入ったかのように一人歩きをしていたのだ。馬や人の足跡を頼りに枝道から枝道へと移るうち、ずいぶんと山の上のほうを歩いていた。そのとき後ろで人の気配がした。しかし振り返ってもだれもいなかった。そのあとも人がついてきているような気がしてならなかったが、気のせいだった。ふと我に返ると、そこは道ではなく茂みのなかだった。あとで考えるに、これはデゲラ・プラン(まとわりつき鬼)ではなかったかと思う。


独竜族の墓。掘建て小屋の中に故人が生前に使っていたものが置かれている。

 このときはどこからともなく現れた中型犬によって助けられた。おなじ時間帯を数頭の馬とともに移動していた運搬グループが連れていた番犬だった。犬は通常のコースを大きくはずれていた私のところへやってきて、もとの道へもどるよう促したのである。はぐれた一匹の羊を察知して連れ戻しにきた羊飼いの牧羊犬のようだった。つんまり私ははぐれた羊だったのだ。

 犬はまた私をデゲラ・プランから救ったのかもしれない。デゲラ・プランには数種類あるという。そのうちのひとつ、シン・デゲラは人を山中に誘い込み、木を倒してその人を押しつぶすという。ルン・デゲラは岩を落として人を押しつぶすという。アン・デゲラは人を川に落として溺死させたり、自殺させたりする。そのほか毒蛇に咬まれて死んだあり、刀や矢が当たって死んだりするのもデゲラ・プランのせいだと言われる。

 デゲラ・プランは、しばしばレサモレン(悪鬼の一種)を美しい娘に変身させ、人間社会に送り込む。娘は青年の夢のなかにあらわれるという。夢の中でふたりは恋に落ち、夫婦になる。青年は幸福でいっぱいになる。

しかしそれはあくまで夢の中のことであって、外から見ると、ひとりきりの青年は次第に衰弱し、がりがりに痩せ細っていく。最後には、倒れてきた木や落ちてきた岩に押しつぶされたり、川に落ちたり、飛び込み自殺をしたりして死んでしまうという。

独竜江地区では、デゲラ・プランにまとわりつかれたと思ったらすぐにナムサを呼び、シャーマン儀式をおこなってそれを駆逐する。そのやりかたはいっぷう変っている。デゲラ・プランにまとわりつかれた青年のまわりにたくさんの娘を坐らせる。そしていかにもじゃれて楽しんでいるかのように見せ、レサモレン(悪鬼)の嫉妬心をあおる。時を見計らって、ナムサはじぶんのナム(守護霊)と助手を呼び、刀をふところに隠し、屋根の上にのぼる。屋根の上は、悪鬼が出入りする場所なのだ。デゲラ・プランが見えたら、躊躇なく刀でばっさり斬る。悪鬼はナムサにしか見えない。悪鬼は首飾りをしているので、斬ったときにカキンと音がする。

熊当(ションタン)村の大ナムサ、クレンはデゲラ・プランを殺したことがあるという。ある小学校教師の23才になる娘がデゲラにまとわりつかれた。夢のなかで悪鬼の変じた青年と交歓するようになったのだ。娘は幸せだったが、やはり傍目から見るとげっそりと痩せ、日々衰弱していった。父親の教師はクレンに相談した。
 クレンは村の四人の若い男女を集め、きれいな服を着てもらい、笛などの楽器をもたせ、熊当から龍元へ、そして龍元から熊当へと歩かせた。30キロ以上の行程である。その間楽器を吹き鳴らしたので、誘われてデゲラ・プランもずっとついてきた。娘はさすがに疲れてぐったりとしたが、それはデゲラ・プランも疲れたことを意味していた。
 彼らが熊当村の丘にのぼると、そこにクレンが待っていた。娘は地面の上に竹竿で円を描き、円の中央に竹竿を挿した。デゲラ・プランは竹竿の先にとまって休んでいた。クレンは助手に命じて竹竿の先を斬らせ、そのあとみな一緒に村に戻った。クレンは教師の家で太鼓を叩きながら祈祷し、娘の手足にまとわりついていた象徴的な縄(すなわち見えない縄)をほどくと、娘はようやくデゲラ・プランから解放されたとみなされたのである。