(2)ウのヒーリング儀礼

 当時、ウのコンチェントリの家は竜元村のなかにあった。このシャーマンに会おうとしたとき、村人は口をそろえて「たんなる酔っ払いだよ、会ってどうするんだ」と言った。ナムサには天界の精霊が守護霊として憑依するのに比べ、ウには崖鬼のジプランなどが憑くので、おなじシャーマンといっても格が違うと考えられたのだ。善霊ではなく、悪霊が憑くとなるとコントロールするのが難しいのだろう。しかし実際に会ってみると憑くのは善霊であることがわかる。村人からはずいぶんと誤解された存在のようだった。

 ウと酒とは切っても切れない関係がある。ウは酒を飲んで酔っ払い、酩酊状態で神と交信する。酩酊もまたトランス状態を導くのである。ウはさらに飲み続け、しだいに狂ったように踊りだす。この神がかりの仕方がまた低級シャーマンという評判を呼び起こすのだろう。

 コンチェントリの家は村はずれの森の中にあった。酒好きと聞いたので、どこかで入手した米酒を持って荒れ果てた感じの家を訪ねた。酒贈賄の効果は抜群だった。コップに酒をつぎ、かっとあおる。飲むにしたがい、酔っ払い独特の奇声のような甲高い声を上げた。ものすごい形相だ。眼窩はくぼみ、頬はこけ、髑髏のような顔だった。地獄の使者と言われれば、納得しただろう。酒乱なのか、狂人なのか。おそらくその両者だろう。正直なところ、こんな雰囲気でどうやって病人を治すことができるだろうかと不思議でならなかった。

 そのときたまたま近所の初老の紋面女性が訪ねてきた。眼病を患っているという。独竜江地区は眼病が多く、それが遺伝によるものなのか、栄養の欠乏によるものなのかわからなかった。診療所にでも行くような気軽さで、ウに診てもらおうとやってきたのだ。

 ウは木卓の上に茶碗を置き、白酒をなみなみとそそいだ。それから茶碗の横に小刀を置いた。ロウソクの火を一息で消すと、突然両手を宙にぐっと突き出し、上方から何かを受け取った。精霊から「目に見えない」薬をもらったのだ。そして茶碗の酒のうえに粉(粉薬だったわけだ)をぱらぱらと落とす。パントマイムを見ているかのようだ。コンチェントリは茶碗を女性の口に押し込むように近づけ、白酒を飲ませた。これで治療は完了したという。この治療に効果があったかどうかなんて、われわれにわかろうはずがない。あっけにとられたような気持でわれわれはコンチェントリの家をあとにしたのである。

 コンチェントゥリは1982年頃ウになった。ということは60を間近にしてシャーマンになったということになり、異例の遅さといえるだろう。自ら語るところによれば、それまでは普通の人と変るところはなかったという。

ある夜のこと、ひとり酒を飲んでいると、懐中電灯で照らしたかのように彼のまわりに光がとびはねはじめた。いわゆるオーブである。頭がボオっとした瞬間、白い服を着たふたりの男があらわれ、彼に薬を渡した。この瞬間から彼はウになったのだという。

 ふたりの白服の男はラシュン、ナンシュンという名のシュンマ(守護霊)だった。シュンマはおそらくチベット語の守護霊を意味するスンマ(srungma)から来たものだろう。シュンマが守護霊である以上、コンチェントリはウというよりシュンマと呼ぶべきだろう。チベットでもある種のシャーマンはスンマと呼ばれているのだ。しかし酒を飲んで酩酊状態からトランスに入るのは、典型的なウであり、だから村人は彼のことをウと呼んでいるのだった。ナムサの守護霊であるナムが通常6人以上であるのにたいし、コンチェントリのシュンマは二人だった。シュンマはつねに二人なのだ。治療する病気の数も限られるため、ウは(あるいはシュンマは)低級シャーマンとみなされるのだ。

 本格的な(本格的と呼べるかどうかはともかく)ウはジプラン(崖鬼)を守護霊とする。残念ながらこのタイプのウとは会う機会がない。

 コンチェントリによれば、彼はふだんナム(精霊)を見ることはなく、もっぱらアシ(霊魂)やプラ(魂)を見るという。二人のシュンマはつねに彼の背後にいて、呼べばつねに応じてくれ、どんな薬がいいか指示を与えるという。もし不明になったプラがあれば(つまり患者が意識を失ったり重篤に陥ったりすれば)そのプラを探し、連れ戻すという。これなどはシャーマンの典型的なヒーリングである。