ラワルピンディ郊外で何か重大な事件に巻き込まれそうになった(1988) 

                 宮本神酒男 

 フンザのガイドのアメリカの「ホモ親父」で思い出したのだが、パキスタンはこの種の危険性をはらんだ国である。フンザに行った前の年だったと思うが、私はペシャワールへ行くべく空路でイスラマバード空港に到着した。アフガニスタンに潜入した米国人女性ジャーナリストの著作に感銘を受けていた私は、ペシャワールでムジャヒディンと接触できないものかと考えていた。当時、編集部に時々来ていた南條直子さんはムジャヒディンと行動をともにしていたが、88年10月に地雷を踏んで亡くなっている。

着いたのが夜遅い時間だったので、何も考えずに私は空港前のタクシー乗り場でタクシーに乗った。車に入った瞬間、助手席に人がいることに気づき、ドキッとした。

「友人だ。気にしないでくれ」運転手はボソリと言った。

「ラワルピンディの鉄道駅に行ってくれ。あのあたりの安宿に泊まりたいんだ」

「いや、行かないほうがいいよ。あそこで爆破テロがあるって言われてるんだ。今夜あたりがあぶない」

「それは困ったな。どこに行こうかな」

「こいつのところに泊ったらどうだい」運転手はあごで助手席の男を示した。暗くてどういう男かはわからない。「まあ、そんなに遠くない」

 しばらく行くと、タクシーは左に曲がって幹線道路から細いガタゴト道に入った。ラワルピンディやイスラマバードとは逆の方角だ。道は川に沿ってつづいたが、まわりに人家は少なく、暗闇の向こうに広がるのが麦畑なのか荒野なのかわからなかった。三十分ほどして家の前でタクシーは止まった。代金を払うと、タクシーはさっさと去っていった。「おい、友人じゃなかったのかよ。あっさりしすぎだろ」私は心の中でつぶやいた。頭の中で警告ランプがともっている。私は背のやや高い若い男と残された。安宿に入ることだけを想定していた私は、思わぬ事態に困惑してしまった。

「こっちに来てくれ」裏戸のような扉をあけると、なかは明るかった。あまり家具もない、簡素な、おそらく彼自身の部屋だった。あらためて見ると、男は二十代後半くらいのエネルギッシュな若者だった。だれもが抱くだろう第一印象は「シルベスター・スタローンに似ている」だった。

「みんなに言われるんだ、おまえはランボーだろって」

「たしかに目のあたりがそっくりだな」

「見かけだけじゃないぜ」

 彼はイギリス人の女とつきあったことを自慢げに話しはじめた。写真を見ると良家の育ちといった感じの女性である。しかも彼は絶倫男らしい。「6回でも、7回でもいけるぜ」

 どうやら絶倫ランボーのようだ。最強の男である。しかしほんとうにイギリス女とやりまくったのだろうか。ここで? タクシーで連れ込んだのか? 

「そういえば、日本人も来たことがあるよ。オカザキっていったかな」そう言って彼は岡崎君らしき青年の写真を見せてくれた。それほど特徴的ではないが、人のよさそうな青年に見えた。ふと、不安がよぎった。岡崎君とはどうやって知り合ったのだ? 同様にタクシーで連れてきたのか? まさかとは思うが、男相手のレイプ魔ではないのか? 英国女の話だって信用していいものかどうか。ほんとうはガチホモかもしれないぞ。私は考えられるパターンを思い浮かべてみた。

(1)このランボーはガチホモで、襲いかかってくる 

(2)襲われて金品を盗られる 

(3)彼が言っている通り、彼は世界中に友だちを作りたいと考えている 

 もちろん(3)であればまったく問題ないが、あきらかに策略を練ってタクシーで人を連れ込んでいるのだから、(1)か(2)の可能性が大きい。とくにパキスタンでは(1)の被害に遭ったというケースを耳にする。私の看護婦のガールフレンド(彼女の趣味は旅)がこんな話をしていた。

「(ラホールで)数人が集まって旅の話をしているとき、パキスタンってホント、ホモが多いよねって話で盛り上がったの。そしたらあとでA君って男の子がこっそりやってきて、あのう、ボク、やられちゃったんですけど、エイズになっちゃうでしょうかって相談してきたの。もちろんわたしが看護婦だからでしょうけど」

 私自身もこんな経験をした。バスが深夜、カラコルムハイウェイを走っていた。突然バスが止まった。前方のほうであきらかに何かたいへんなことが起きている。私が外に出ようとすると、となりに坐っていたパキスタン人の男が私の腰に手を回しながら、「ハーイ、マイフレンド、どこへ行くんだい」とささやきかけてきたのである。手を振りほどいて、勘弁してくれよ、と思いながら私はバスの外に出た。見ると一台のバスが道路からはみだしてぎりぎり落ちないでいる。バスの後部の下は200メートルくらいの崖だ。バスのバンパーに鎖がつながれ、降りた乗客みんなで引っ張っていた。こんな状況なのに腰のまわりに手を回してくるとは……。

 さて、話をパキスタンのランボーに戻そう。陳腐な言い方をするなら、現実は筋書きのないドラマである。ランボーの様子が少しおかしくなった。「ちょっと待ってくれ」と言い残して部屋を出たきり、なかなか戻ってこない。だんだんと、さすがに心配になった私は部屋から出て奥のほうをのぞいてみた。考えてみれば、家族の人とだれとも会っていないのだ。複数の女性の姿が見えた。おそらくランボーの父親には四人の妻がいるのだろう。日本的な感覚で言えば、彼女らがチャイくらいは持ってきてもよさそうなものである。しかし実際は外部の者が女性らと会うことは許されない。

 ドアが開いてランボーが苦しそうな表情を浮かべつつ入ってきた。彼はベッドに横たわり、ブランケットをかぶってうなり声をあげている。あきらかに高熱を出しているのだ。マラリアではないかと私は思った。ニューギニアに行ってマラリアにかかってしまった知人がいた。彼は三か月ごとに高熱を発すると言っていたのを思い出した。私はソファに自分の寝袋を広げ、なかにもぐりこんだ。朝、彼は起き上がることができなかった。前日予約しておいたタクシーに乗って私はバスターミナルへと向かった。結局、上にあげた(1)~(3)のどれもあてはまらず、彼が本当に何を欲していたか、わからずじまいだった。

 ちなみにこの日の前後に実際ラワルピンディ駅近くの安宿街で爆破テロがあったことを付記しておきたい。