(4)タクシー会社幹部の謝罪。「誕生日おめでとう」ケーキをもらうが国境で怪しまれる 

 顔面が金網にめり込む痛いタクシーの事故から一か月後、私は広州に戻ってきた。広州に着くとすぐに公安局を訪ねた。あらかじめ連絡が行っていたのか、20分ほどでタクシー会社の幹部らしき二人の年配の男たちがやってきた、「生日快楽」と書かれた大きなケーキを持って。快楽といっても性的快感という意味ではなく、「生日(誕生日)おめでとう」ということなのだ。公安の担当者が幹部の二人にかわって説明する。

「たいへんすまなかったとふたりはおっしゃっている。あのときタクシーの運転手は公衆電話を探そうと現場を離れたのだそうだ。けっして逃げたわけではないとのことだ」

 この幹部二人はともに六十代で、腰が低く、ほんとうにすまなそうな様子だった。偉そうにふんぞり返ったら、私は反発していたのだろうが、哀れを誘う二人を見ると、文句を言う気にもならなかった。しかし余計な言葉を添えたのは公安の担当者だった。

「まあ、男でよかったよ。顔面に傷だからな。女だったらたいへんなことだった」

 私がむっとしたのは、言うまでもない。傷の入り方によってはヤーサンに見えるかもしれないではないか。それにあやうく眼球に傷が入るところだった。脳に障害が残ってもおかしくなかった。

 私はこれ以上広州に長居するつもりはなかったので、たまたま知り合った広州交易会に参加していたペルー人のおばさんとタクシーをシェアして深圳まで行った。香港返還前なので、国境でパスポートコントロールを通り、税関のところで荷物をX線に通さなければならなかった。女性係官が何も考えずに私の荷物すべてをX 線のコンベアに放ったが、それを見ていた上司らしき男性が大きな声でストップをかけた。

「おいおい、なにやってんだ。そのケーキ、もう一度X線に通すんだ」

 ベルトコンベアの上を大きなケーキの箱が流れていくさまはなんともシュールだった。たしかにバックパックを背負った男が大きな誕生日おめでとうケーキを持っているというのは、相当にあやしかった。もし説明を求められたとしても、私はなんと答えたらいいかわからなかった。結局、私はあわてふためくことがなかったので、深く追及されることはなかった。大麻や覚せい剤を隠し持つとするなら、巨大ケーキではなく、歯磨き粉のチューブの中のような見逃しやすいものにしたはずだ。 

             (宮本神酒男) 

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