広州駅構内で集団スリの被害に遭った (1992年) 
                  宮本神酒男 

 90年代初頭、悪の巣窟という言葉がぴったりの場所があった。人でごった返していて、他人をだまそう、あるいは奪い取ってやろうと待ち構える悪人だらけの場所とは、広州駅周辺だった。

 駅の建物の外側の人だかりのさらに外側、つまり大通りに近いあたりに、いかにもゴロツキといった連中がたむろしていた。当時
FEC(兌換券)という町中で使いづらいお金を持たされていた外国人旅行者は、どこかで人民元に両替しなければならなかった。手っ取り早いのはこういうところにかたまっている連中を利用することだった。英語ではブラックマーケットと言い、日本語では闇チェンと言い慣わしていた。私はチェンマネ(両替)をするつもりはなかったのだけれど、男が「ドル札を見せてくれ」というので100ドル札を出したところひったくられてしまった。あわてて「何をするんだ、返せ」と叫ぶと、似ても似つかぬ粗悪な偽札が返ってきた。「なんだこれは、返せ!」そう叫ぶと男はニセでない100ドル札を返した。正直、これももとのお札と違い、質のいい偽札だったとしたら、お手上げだった。

 このときは被害に遭わなかったが、彼らはあの手この手で旅行者をだまそうとする。闇のチェンマネで暗躍するのはウイグル人だった。ウイグル人の闇チェンは相場がいいと言われていたが、一部の札を折り返して束ねるなど、トリックを使うことが多かった。500人民元受け取ったはずなのに、数えると350人民元しかなかった、なんてことはままあった。

 また、旅行者は列車のチケットをブラックマーケットで買うこともあった。窓口で買うには列に並ばなければならず、何時間もかかることがあった。ブラックマーケットでなら即座にチケットを手にすることができた。ただし偽札同様、ニセチケットをつかまされることがあった。車掌がやってきて、「おや、おなじ寝台のチケットが二枚あるわねえ、どうしてかしら」とつぶやいたら、万事休すである。「そっちのあなた」もうひとりのチケットホルダーにたいして車掌はいった。「あっちがあいているから、移動してもらえるかしら」。つまり電算化していない当時はダブルブッキングが多く、車掌が客をあやしむことはなかったのである。

 前口上が長くなってしまったけれど、私は闇で列車のチケットを買いたくなかったので(あるいはその方法を知らなかったので)雲南省昆明行きの列車のチケットを窓口で買うことにした。昆明までは1600キロ以上あり、列車で26時間くらいかかった。おそらく旅行社を通じてチケットを予約したほうが楽であったろうし(手数料なんてたかが知れている)、飛行機を利用したほうがはるかに時間を有効に活用することができた。ともかく私は人でごった返す広州駅に入り、列に並んで窓口でチケットを買うという人にはすすめられない方法を選んだ。結果的には、そんなに悪い選択ではなかった。というのもめったにない犯罪の被害に遭うという体験ができたのだから。

 人混みの海に飛び込む前、深呼吸する。右手は財布をぎゅっと握りしめてズボンのポケットに入れ、左手は窓口で見せるためパスポートを握り、胸元に置いた。それにしてもすごい混雑ぶりだ。東京の新宿駅や池袋駅、大阪の梅田駅などの構内を思い浮かべてほしい。そしてさらに3倍くらい人混みを密にしてほしい。そのくらい混んでいた。

 駅構内に入った途端、何かが変わった。周囲の圧力が変わった。心なしか、まわりの人たちがくっついてくるように思えた。くっついてくるどころではなかった。「おしくらまんじゅう」でもしているかのように、みな体を寄せてくるのだ。五人、いや七人か八人、とにかくたくさんの人たちが私を押しつぶそうとしている。はじめは気のせいだと思った。気のせいじゃない、たくさんの手が体の上に伸びてくる。財布を握る右手が集中的にやられている。何本かの手が、指が、財布にかかっている。抜き取られそうだ! くそっ。「やめろ!」私は叫んだが、空間を満たすどよめきの集合体のなかでは無音に等しかった。財布が指先から離れた。この「やられた」瞬間。わかっていたのに、やられるというみじめさ。財布はだれかの手からだれかの手に渡り、ずっと前方のほうに行ってしまった。もう主人のもとを離れてしまった。二度と会うことはないだろう。

 つぎの瞬間体のまわりを覆っていたシールドは瓦解し、身動きできるようになった。何人かの後姿を見ることができたが、すでにだれが一味でだれが無関係の人か見分けがつかなかった。同じような人の集団ではなかった。30代や40代の男が多いようだが、女も一人か二人混じっていた。しかしただ一人の顔も憶えていなかった。

 流れに任せて窓口に向かって進むと、足元に落ちている財布を見つけた。掬い上げる。私の財布だった。中身はからっぽだったが、財布が戻ってきたのはうれしかった。腹に巻いたマネーベルトは無事だったので、そしてパスポートはとられなかったので、チケットを買うことはできた。大金をすられたわけではなかったので、稀有なことが体験できたと自分をなぐさめるしかなかった。