冬が過ぎ、春がやってきて、五月の終わり、シェークスピア劇を演じる一座が町にやってきました。田舎ではめずらしく、エキサイティングなイベントでした。そしてほとんどの住民がどうにかチケットを購入したのです。劇はタウンホールで上演されました。そして土曜日の夜、エバンス氏は家族全員をつれて「真夏の夜の夢」を見に行くことにしました。アンを喜ばすために、彼はエミリーも誘いました。
エミリーは心から劇のすばらしさを知っていました。しかし劇場のなかに入ったことはありませんでした。彼女は友だちの家族といっしょに劇が見られると考えると、あふれんばかりの喜びを感じました。その夜、両親におやすみをいうとき、エバンス家の招待を受けてもいいかどうかたずねました。
カンバーランド氏はやさしい笑みをうかべながらこたえました。
「エミリー、わしがすでにチケットを購入しているといったら、喜んでくれるだろう。おまえは大好きなミス・トウィルといっしょに劇を見に行くことができるのだ」
あなたたちは「かわいそうなエミリー」というでしょうね。じっさい彼女はずいぶんとがっかりしたのです。陽気なエバンス家ではなく、興ざめの人といっしょに劇場に行くのですから。居間を飛び出たエミリーは駆けてあたしのところにやってきました。涙をポロポロ流しながら悲しいニュースをあたしに伝えました。ミス・トウィルといっしょにすわっても楽しいことはなにもないというのです。というのもミス・トウィルは何事も楽しまなかったし、いつもエミリーに楽しみを与えなかったからです。
あたしはいつものように同情しながらエミリーの話を聞きました。そして手袋をいくつ持っているかとたずねました。
「どうして? わたし、三組もっているけど」エミリーは不思議そうに、そうこたえました。「茶色の手袋は日常用、白い革手袋は晴れ着用、ウールの手袋は冬用なの」
当時、レディは手袋なしに出かけることはありませんでした。そして小さな女の子はレディのようにふるまうべきとされていました。
「エミリー、心にとめておいてほしいのだけど」と、あたしはいいました。ちょっとしたアイデアがひらめいたのです。「あたしがいったようにしても、失うものはなにもないわ。でもなにも聞かないで。白い革手袋をもってきて」
エミリーが手袋をもって戻ってくると、あたしはそのひとつにほころびを作り、穴をあけました。そしてそれを裁縫カゴの上に置きました。
「土曜の夜、ミス・トウィルは手袋をつけなさいというでしょう。手袋はこのカゴの上に置いてありますが、穴があいているので、つくろう必要があります。彼女は急いで二階にあがっていくでしょう。そのあいだにあなたはチケットをもってエバンス家の人々のところに走っていくのです。そしてミス・トウィルは劇場に来られなくなった、といってください」
「でもそれはほんとのことじゃないわ」エミリーは反論しました。彼女は正直な少女だったのです。
「たしかにそれはほんとうのことじゃないわ」と、あたしはいいました。
エミリーはトウィルの厳格すぎるやりかたに反旗をひるがえしたのだけど、あたしがいったことを実行する心構えができていました。すべてはあたしが練った計画のとおりになりました。エバンス家の人々とエミリーはいっしょに劇場に行きました――手袋をはめずに。それはレディ用の手袋ではありませんでした。しかしそもそも、この手袋がなければ豪華な時間が保たれないわけでもなかったのです。
観劇の二時間は魔法のようでした。ホールの暗闇のなかで、ステージはかがり火のように輝いていました。森の国の風景のレース編みのような筋立て、美しい登場人物、コミカルな人物、コスチューム、詩、音楽、エミリーはそれらにすっかり魅了されてしまいました。公演がおわってカーテンが降り、拍手が鳴りやみ、建物から村人の一群が銀色のスポットライトのもとにあらわれたとき、エミリーは新しい体験をしていると感じました。天の川がぴかぴか光る星空のもと、甘い夜の空気を吸いながら、友だちの家族といっしょに歩くエミリーはうっとりとしていました。それはひとつの時代の終わりのようでした。
さてトウィルがエミリーの手袋を修繕する場面に時計を巻き戻しましょう。窓際の薄明りのなかで、彼女は手袋の小さな穴を見つけました。彼女がつくろっているあいだ、あたしは漂って部屋を横切り、玄関の手前で浮かんでいました。
修繕が終わるころには外は暗くなっていました。そして振り返ったとき、あたしが見えたのです。あたしははじめ、輝く目をもつ毛がふさふさした小さな猫でした。それが突如虎の大きさにまで巨大化したのです。風変わりで趣のあるアイデアでした。そして見事な効果が得られました。トウィルにたいする効果は絶大でした。
彼女は息をのみこみ、ネズミみたいな叫び声をあげました。顔は森のなかのキノコのように病的に青ざめました。よろけながら彼女はあたしのイスにくずおれたのです。あたしはすぐに彼女のひざの上にすわりました。そして頭をもちあげると、あたしの官能的な目と彼女の目があいました。あたしは彼女の顔に向かってささやきました。
「出ておゆきなさい、この卑劣漢め。でなければ食ってしまうぞ」
これはばかげたおどしでした。おばけは食べることができないのです。もし食べることができたとしても、まずそうなトウィルを食う気にもならなかったでしょう。ともかく効果てきめんでした。トウィルはびっくり箱みたいに部屋から飛び出していきました。教え子のことを忘れて彼女はじぶんの寝室に逃げ込みました。そして眠れない夜をすごしたあと、荷物をまとめて馬車に乗って出ていったのです。
もちろん家じゅうの人が驚かされました。
「いったいなにが起こったのかしら」カンバーランド夫人は納得できませんでした。「エミリーは手に負えないですって。でもエミリーがやっかいなことを起こしたとしても、ささいなことであったはずよ」
「なにか幻覚のようなものが見えたとかしゃべっていたぞ。神経がやられてしまったのかもしれない。もうすでにいなくなってしまったようだ」カンバーランド氏は落ち着いていいました。「こんな不安定な性格の人は、われらの祝福された娘にはふさわしくない」
その夜、エミリーはあたしに何が起こったかたずねました。
「ミス・トウィルはおばけを見たのです。あたしのことだけどね」
「あなたを恐れるなんて! オパリナ、あなたは美しい友だちよ」
そのすぐあとに新しい女家庭教師がやってきました。レイチェル・ブラウンという名の気立てのいい若い女です。レッスンが終わるとエミリーは好きなことができました。アンと遊ぶこともできました。昼間はアンと遊び、夜はあたしと遊びました。5番目の生のあいだ、あたしはずっとエミリーと遊んだのです。
「そろそろイヌハッカを食べる時間だわ」
「おばけちゃんは眠いんだ」ジェブがつぶやきました。
子どもたちは忍び足で遊び部屋から出ていき、そっと扉をとじました。
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