ばけ猫オパリナ あるいは九度転生した猫の物語
ペギー・ベイコン 宮本神酒男訳
第七の生(1905) 魅力的な子ども(1)
つぎの夜、フィリップとエレン、ジェブが遊び部屋にはいると、オパリナが部屋のすみにいました。その目はいかにもおばけらしく、あやしげに輝いていました。
「幅木(はばき)の向こう側に小さなかわいらしいネズミがいたわ」と彼女は言いました。「小さな鼻がツンと出ているの。あたしがスポットライトを当てると、彼がジャンプするのが見えたわ。まあ、このごろは、あたしにできることはそのくらいのもんだけどね。でも、彼はもういない。そういうわけで、あたしの猫生の年代記のつづきにもどるとしましょう。
もしあなたが九度の生を生きるなら、そりゃ、おもしろいものもあれば、そうでもないのもあるでしょう。あたし、ときおりエキサイトするのが好きなの。それがたのしいとはかぎらないけど。何年間もぬくぬくと居眠りするよりも、逃げ回るソールを追いかけたいわ。つまり、トッツィーやミス・トウィルにしたみたいに、全身全霊をかけてとりついてやるの。ベンジャミン・ペイズリーの時代もそうだったわ」
あたしの七番目の生ではね、モンタギュー家ですごすことになったの。カンバーランド家のあとだから、ホッとしたわ。両親が亡くなったあと、エミリーとオースティンは農場をネッドにあげ、ここに移ってきたの。また活気を呈するようになったわ。とくに1905年は。
そのころまでには、モンタギュー家の子どもたちは全員結婚し、それぞれ子どもをもうけました。ネッドには三人の息子、つまりジャスパー、アンドリュー、ロバートが生まれていました。パトリックにはコリンとルーシー、ペリーには娘のモリー、そして全員にとってのベイビーである四歳の小さな男の子ファレル、ニックネームファッジが生まれていました。
七人のモンタギュー家の若者たちはいっしょに成長しました。かれらはおたがいを、また祖父母を、いやというほど、よく見てきました。双子とその家族は村の中の近所に住み、ネッドと子どもたちはしょっちゅう車で農場からやってきました。エミリーおばあちゃんとオースティンおじいちゃんはかれらみなを自由に家にむかえました。
でも娘のアリスは南部人と結婚してしまいました。彼女は、夫のハロルド・バニスターと一粒種の子どもとともに、ジョージア州のアトランタに住みました。そこはモンタギュー家の行事であるパーティや祝い事、遠出やピクニックに参加するにはあまりにも遠すぎました。親戚のだれひとりこの一粒種の娘を見る機会がありませんでした。バニスター家の三人がはじめて祖父母を訪ねたとき、ソフィーは十歳になっていました。大家族がふたたびひとつになったその年の復活祭のことは、忘れられません。
バニスター家の三人が金曜日の午後に到着したとき、一族の者みながかれらを出迎えるために集まっていました。若者たちは、このまだ見ぬ親戚に会うと思うと、心を躍らせずにはいられませんでした。三人家族を鉄道駅から運んできた馬車が私道の入り口に見えると、モンタギュー家の者全員が、玄関ポーチに向かっていっせいに走り出しました。母親たちや祖父母たちはハンカチを振りました。父親たちはバニスター家の三人が馬車から降りるのを助け、急いで義理の兄弟たちのために荷物をおろすのを手伝いました。そのあいだ、モンタギュー家の孫たちは跳んだり跳ねたりして、いつものように元気いっぱいにはしゃいでいました。
みなであいさつを交わし合い、抱き合うのは、ちょっとした騒動のようでした。到着したての家族は帽子を取り、コートを脱ぎました。箱やバッグは寝室に運ばれました。そしておとなたちは客間へと移動しました。そこにはていねいにいれられたお茶が用意されていました。子どもたちはソフィーを遊び部屋に案内し、ホイップ・クリームつきのチョコやシナモン・トースト、クッキー、ホットクロスバン(甘いパンの一種)などで歓迎の宴をひらきました。
軽食をたべたあと、少しのあいだ、沈黙が流れました。このときもモンタギュー家の若者たちの注意はソフィー・バニスターにそそがれていました。この新参者についてどう考えたらいいか決めかねていたのです。
ソフィーについてたしかなことは、その見かけだけでした。彼女は極端に色白で、きれいで、とても美しい服を着ていて、年の割には小さかったのです。階下で親類らに紹介されるときは、完璧といっていいほどの冷静沈着ぶりを見せました。それぞれに「はじめまして」とあいさつし、ていねいに握手し、年長者にたいしては、ひざを曲げてお辞儀をし、やさしくキスをし、手で頭に触れ、あごの下を手で軽くなでました。
ここ遊び部屋で彼女は背筋をのばしてすわっていました。ゆるやかに曲がった両手はひざの上に置かれ、足は上品に交差していました。からだはどこも丸みをおび、力みがありませんでした。このことはとても印象深かったようです。それ以外の印象はひとそれぞれでした。
いとこのなかでもっとも年上のジャスパーは11歳でした。彼女はソフィーをアーサー王物語のアストラットの百合の乙女とみなし、どんなことからでも彼女を守る機会をうかがっていました。
やや批判的にソフィーを見ていたのはアンドリューです。彼女はゲームが得意ではなく、かよわすぎて楽しめないだろうと考えたのです。
サテンのリボンやロケット、レースのドレス、青い子供用上履きを見てくらくらした幼いルーシーは、ソフィーは王女さまにつぐすてきな存在だと考えました。
コリンはソフィーと会ってからというもの、恥ずかしがり屋になり、落ち着きをなくしました。
ロバートは、とくに理由はないのですが、瞬間的にソフィーが嫌いになりました。
ファッジはソフィーの落ち着いたふるまいに混乱し、彼女はもうおとななのだと考えました。でもからだは大きくないので、一種のこびとではないかという結論にたっしました。
ファッジの姉モリーはがっかりしていました。ソフィーを見れば見るほどモリーの心は沈んでいったのです。
モリーのほかのいとこは、ルーシーをのぞくとみな男の子でした。そしてモリーはいっしょに遊んでくれるおない年の女の子を望んでいました。ソフィーがやってくるということを聞いたので、彼女はいっしょになにをしようかと考えを練っていたのです。まずかれらはインディアンの小道を歩いて老齢の隠者が住む洞窟をたずねました。ベイツィ・ディグスは86歳になっていました。しかし屋外の生活をつづけていたからか、彼はかくしゃくとしていて、心やさしかったのです。毎週のように、おばあちゃんはベイツィのためにつめこんだおいしいものでいっぱいのかごをモリーにわたしました。それにはたまご、フルーツ、ベーコン、チキン、自家製パン、バター、チーズ、ジャムなど、森の中ではえられないものがはいっていたのです。そしてベイツィは、ときにはかれらを釣りにつれていきました。
モリーはいとこをゴリアテの巨人峡谷に案内しようと考えました。そこにはたくさんの家ほどの大きさの岩がうずたかくつもって、山をなしているのです。モリーは気味の悪い割れ目を発見していました。奥に人食い鬼のねぐらがあると彼女は言うつもりです。彼女はそこでソフィーとともにブルブルふるえながらランチを食べるのです。
かれらはまた、ご用心が丘の巨大な松の木に登ります。そこからはるか遠くの海を眺めることができるのです。
かれらは原っぱで野花をつみ、庭に植えるでしょう。また沼に行ってカエルのたまごをあつめ、家に持ち帰ってつぼのなかにいれ、孵化(ふか)する様子を観察するのです。
ところがなんということか! ソフィーをひと目見た瞬間、彼女が描いていた計画は吹っ飛んでしまいました。
ソフィーの手はエンジェルケーキのように白くやわらかでした。ツメは清潔に切られていて、カールした髪はきちんと整えられていました。顔にそばかすもなければ、ひざ小僧にすり傷ひとつありませんでした。木に登ったり、岩場を転げまわったり、沼地をわたったりするタイプではなかったのです。「インディアンの道」に耐えきれる頑丈さがあるとはとうてい思えませんでした。物事の本質には近づけそうもありませんでした。おそらく年老いた愛すべきベイツィ・ディグスのことを、これっぽっちも理解することはないでしょう。ソフィーは行儀よく、純粋無垢(むく)で、お人形さんのように着飾っていました。あきらかにそういうふうになるように育てられてきたのです。ソフィーは雨の日向きの女の子でした。チェッカーやインドすごろく、シャレードなどを得意としていたのです。アウトドア派の女の子ではけっしてありませんでした。
モンタギュー家のいとこたちがソフィーにたいする態度を決めたころ、彼女もまた同様にかれらにたいする態度を決めました。ソフィーは人をじっと見つめてはいけないと教えられてきました。しかし隠すでもなく、かれらにじっと見つめられたので、彼女もまたかれらをひとりひとり、冷淡な目で見返しました。いとこたちは何かにつけゴシゴシ洗われ、ブラシをかけられましたが、あまりにも活動的だったので、家にじっとしていることなどできませんでした。ソフィーからすると、かれらはだらしなく、下品だったのです。かれらのほっぺたは赤く、鼻はそばかすだらけで、腕や足は日焼けし、傷あとや打ち身、かさぶたが残っていました。行儀に関していえば、イスにドスンと坐ったり、その上ですべったりしました。かれらはそこらじゅうのものすべてを投げ飛ばしました。ソフィーはかれらを、立ち居振る舞いも知らない田舎者として、坐らせました。
おばあちゃんはモンタギュー家の若者たちを招き、休み期間中家にとまらせたので、かれらはソフィーと知り合いになりました。夢の世界のなかですごしながら、成長しておとなになった者は、子どもというのはすぐ友だちになるものだと早合点しがちです。あたしはといえば、より鋭い洞察力をもつ者として、すぐにトラブルが生じつつあることに気づきました。あえて言いたいのですが、モンタギュー家の子どもたちははじめ、良心的なホストとなるべくベストをつくしました。
金曜日の夜だけでは、8人のいとこが互いを知るには時間が十分ではありませんでした。夕食が終わるとすぐ、へとへとになった旅人たちは「おやすみ」とあいさつをかわしてベッドに向かいました。
土曜日の朝、外はポカポカして、おだやかでした。その年、イースター(復活祭)は遅め(四月中下旬)でした。野の花々はすでに去り、果樹の花が満開でした。朝食を終えるとすぐ、モンタギュー家の子どもたちはソフィーを美しい樹上の家に案内しました。これはオースティンじいさん自身がかれらのために作ったものでした。
もっとも高い、もっとも年をとったチェリーの木の頂上近くにそれはありました。緑色に塗られていたので、葉が茂るころにはほとんど見えなくなりました。樹上の家に達するには、木の幹を登っていき、途中ではしごに移ります。そして、はねぶたを押し上げ、窓付きの部屋にみずからを押し込むのです。窓をあけて、身を乗り出せば、谷や川、森、丘を一望することができました。また厩舎や家畜小屋の屋根の上や菜園、小牧場、そしてなんといってもサリーが飼っている9匹の子豚がいる豚小屋が見えました。
樹上の家にはたくさんの魅力的なものがありました。ほんもののカーペットの一部やかつておばあちゃんが使っていた小さなテーブルやイスがありました。子どもたちがあつめたさまざまなものがありました。たとえばモリーがタマシャンター帽をかぶった頭に似るようペイントしたドングリ入れの容器がありました。ベイツィの洞窟に近い崖からジャスパーがとりだした1インチもの厚みがある雲母のかたまりもありました。小川からひろったさまざまな色の小石や、滝つぼでアンドリューが見つけた化石の海貝がつまった岩などもありました。
樹上の家はそれ自体がゲームの舞台となりました。ジャスパーとモリーがどうしたらそのようなゲームとなるのか、説明しました。ラプンツェルの塔、城、魔女のジンジャー・ブレッドの家(お菓子の家)、泥棒の巣窟などです。ソフィーにラプンツェルやグレーテル、悪しき魔女、シャトラン、囚われの乙女の役を提供しようとしました。
しかしモリーがひそかに恐れていたとおりになってしまいました。ソフィーは木に登るのをいやがったのです。
「こっちにおいでよ!」ジャスパーはせきたてました。「お姫さまにしてあげるからさ」
「ありがとう、でも遠慮しておくわ」
「あそこはとてもすばらしいとこなんだ」モリーはうまく誘い込もうとしました。「ボートに乗ってるみたいにゆらゆら揺れるし」
「それに樹上の家から世界すべてが見えるし」とアンドリュー。
「わたし木に登るのが好きじゃないの」
「ジャスパーが助けてくれるわ」とルーシーは受け合った。「はしごでわたしを引っ張り上げてくれたのがジャスパーなの」
「ぼくをあげてくれたのはモリーだよ」とファッジ。
「上がどうなってるか見たくないかい?」ソフィーがのってこないので、ジャスパーは当惑していました。樹上の家のなかやそこにあるものに、まったく興味がわかないのでしょうか。窓からの景色を眺めたいと思わないのでしょうか。
「ドレスが破けるかもしれないでしょ」ソフィー・バニスターは言いました。
「なんだ、そういう理由なら」モリーは大きな声で言いました。「いますぐ家に走ってもどって、普段着に着替えればいいじゃないか」
「これが仕事着なんです」とソフィーは言い張りました。
ソフィーが着ていたのは、フリル付きの花模様のディミティ(浮き縞模様)ドレスでした。昨夜着ていたドレスほどには豪華ではありませんが、たしかに木に登るにはふさわしくありません。
「もうちょっと遊び着っぽいのは持ってないのかな」
「持ってないわ」
「貸すことならできるよ」とモリーは言いました。「着られなくなった上っ張りならあるよ。サイズもちょうどいんじゃないかな」
「お願いだから、モリー、あなたのお古を着させないで」ソフィーはモリーのエプロンを流し目で見ました。「あなたが着るような服はわたしにはあわないの! とにかくわたしはおてんば娘じゃないわ。だから何度もいうけど、わたし、木には登らないから」
モリーは助けようと思って言ったのだけど、彼女は攻撃されたようにとらえてしまったのです。
ブタの囲いが近くにあったので、子どもたちはソフィーにブタをみせようとそちらに近づきました。ジャスパーは丸々と太った子ブタをとりあげ、ソフィーにわたそうと近づきましたが、彼女は身を引いてしまったのです。
「抱っこしてごらん」彼は言いました。「とてもいい感じだから」
しかしソフィーは身動きしませんでした。
「ぜんぜんおそろしくないから」アンドリューが口をはさみました。
「きたなくないよ」ロバートはほこらしげに言いました。「サリーが毎日二度、わらを変えてるからね」
モリーのつぎにブタを愛するファッジは、ジャッジの腕のなかの子ブタに近づき、なでました。彼は残念そうに下唇をつきだし、「ほんとにかわいらしくてきれいな赤ちゃんだ」とつぶやきました。
「ブタは好きじゃないの?」ルーシーはいささかショックを受けたようでした。
「好きなわけないわ! ブタが好きなのは農民だけよ!」
「いったい農民のどこがいけないんだ!」アンドリューは熱くなってたずねました。
「品がないわ」
「おじいちゃんも、おとうさんも農民なんだ、知ってるよね」ジャスパーは彼女に警告しました。「それにパットおじさんとペリーおじさんは家畜を育てているし」
「でもおじいちゃんやおとうさんやおじさんは、ほんとうの農民じゃないわ」ソフィーは言い張りました。「農地を持っている紳士は、男たちを雇わなければならないわ。男たちの仕事が農民の仕事よ」
「おとうさんは男ふたりを雇っているよ、たしかに。でもおとうさんは男たちよりもっと働いているんだ」ジャスパーは誇り高く主張しました。
ソフィーは鼻であしらいました。
「ぼくたちの父は紳士でないって言いたいのかい?」アンドリューはしわがれた声で問い詰めました。
「ここにいるみなさまは、いつでも、別として」ソフィーは口達者でした。
「生まれたての子牛を見に行こうよ」モリーは提案しました。ソフィーはみなをじらせていたのです。
ジャスパーが子ブタを囲いにもどし、子どもたちはモリーを先頭に牧場のほうへと向かいました。牧場に着くと、ソフィーは恩着せがましく、子牛のベルベットのようにやさしい頬をなでました。彼女はけだるく、退屈に感じただけなのですが、子どもたちの目には彼女がばか丁寧であるように映りました。
このあと子どもたちはソフィーを連れて小川沿いにくだり、ダムにたどりつくと、ダムと、よどみなく流れ落ちるとどろきをあげる巨大な滝とのあいだの通り道を示しました。もし身をかがめて脇道のはしを歩いたら、濡れることなく反対側の土手に抜けることができました。
華麗なる騎士になりたがったジャスパーがソフィーの手をとり、彼女を案内しようとしました。しかし濡れたくないからと、彼女は拒んだのです。
「死んだりはしないよ」ジャスパーは自分をおさえきれなくなって叫びました。
「石がぬるぬるしてるわ」ソフィーはいやそうな顔をしました。
「ソフィー。そんなに騒ぎ立てないで」モリーは声高に言いました。
「運動音痴なんだろ」アンドリューは軽蔑して言いました。
「彼女はわめきたてる猫で、うぬぼれやだ」ロバートは叫びました。そのとき突然なぜ彼女が嫌いなのかわかりました。
「ロバート、そりゃ失礼ってもんだ」コリンが割ってはいりました。「ソフィーはわれわれのゲストだぞ」
「ロバートの言うとおりだ」アンドリューは指を鳴らしました。「いい子ぶるなよ、コリン。ソフィーは猫で、うぬぼれやだ。それにカスタードみたいな弱虫だ」
「カスタードみたいな弱虫! カスタードみたいな弱虫! カスタードみたいな弱虫!」と、ことばが気に入ったファッジは連呼しました。しかしルーシーに「だまりなさい!」としかられると、わっと泣き出しました。
すると大好きなモリーにまで「泣き虫」と呼ばれ、ファッジはいままで以上に大きな声で泣きわめきました。行儀や新しい人の歓迎については、忘れられていました。だれもが不愉快なことばかり口にするようになっていたので、家からランチを知らせる鐘の音が聞こえたときには、だれもがホッとしました。
テーブルについた祖父母、父母、そして子供たちは十八人をかぞえました。食べ物はとてもおいしかったのですが、モンタギュー家の子どもたちは味を楽しむことができませんでした。食事のあいだずっとソフィーのおじやおばたちは彼女の機嫌をとり、バニスター家の「すてきな子どもたちの」まちがいのないテーブルマナーをほめそやしました。彼女のいとこたちはソフィーのしぐさがいっそう人目を気にし、指を折り曲げ、まつげをばたつかせ、ふるまいがあやしくなってくるのを見てげんなりしました。
エミリーおばあちゃんは言いました。「ここの子どもたちはみな行儀がいいわ。小さなファッジぼうやでさえこぼさないように教わっているし、フォークをきちんと持てるの。気取らないところがいちばんいいかしら」彼女は鋭い視線をソフィーに向けました。
ランチが終わるとモンタギュー家の子どもたちは、いっせいに蜘蛛の子みたいに散らばっていきました。ただしモリーをのぞいて。気づいたらモリーはいとこのソフィーとともに残されていて、何をしていいものかわからなかったのです。
家のゲストをほったらかしにしてはいけないことは、重々承知していました。そこでモリーはふたりで遊べるゲームを考えようとしました。でもソフィーは、かくれんぼにも、だるまさんがころんだにも、興味をひかれませんでした。キャッチボールは好きでなく、石けり遊びは嫌いで、クローケーなんてもってのほかという感じでした。天気はとてもよかったのだけど、モリーは絶望的な気分で屋根裏部屋へソフィーを連れていき、雨の日用にとっておいたオモチャのトランクをあけることにしました。
オモチャのトランクははるか昔の宝物でいっぱいでした。それらはカンバーランド家の曾祖父母のものであり、すべてのオモチャはエミリーおばあちゃんが小さなエミリー・カンバーランドと呼ばれていた頃にもらったものでした。そしてそれらはソフィーのお母さんであるアリス・モンタギュー、モリーのお父さんであるペリー・モンタギュー、おじのネッド、おじのパトリックのものになっていたのです。それらはオモチャの弓矢、銃、ドラム、トランペット、汽車、馬車、鉛の兵隊さん、ヨタカの鳴き声のような音を出す銀の呼子などでした。また磁器の頭や足が輝いている人形、おがくずまみれの白い子どもの人形、ぼろきれから作られた人形、目をあけたりとじたりして「ママ」と話すかつらをかぶった陶器の人形などがありました。木製の人形、赤ん坊のための手編みの人形、フープスカート(張り輪をいれてふくらませたスカート)をはいた愛らしいロウ人形、縁なし帽、ケープ、ジャケット、手袋、扇などもありました。
モリーとソフィーは人形に服を着せたり脱がしたりしました。それからほかの遊び道具を箱から出しました。操り人形、木製たまごの巣、びっくり箱、お茶のセット、こま、ジグソー・パズル、なわとびの縄、銀の鈴つきの手綱、魔法のランタン、人形の家などです。人形の家の家具をふくむすべてが屋根裏部屋の床にならべられたとき、ソフィーはそれらがばかげていて、みすぼらしく、ふるめかしいガラクタであることにうんざりしました。彼女はさんざんそのことを言うと、スカートを広げてあいさつし、そこを出て行きました。残されたモリーは、ティッシュペーパーでオモチャをくるみ、トランクにまたもどしました。
ただちに、モリーは確信しました。絶対に――人生全体で絶対に――かわいらしいいとこのソフィー・バニスターよりも、人を嫌いになることはないわ、と。
モンタギュー家の庭には、おばあちゃんのプラムの木がありました。家族はその木を「シュガー・プラム」と呼んでいました。毎年春になり、復活祭が近づくと、モンタギュー家の子どもたちはわくわくしながら、復活祭(イースター)に開花が間に合うかどうか、また、それぞれのつぼみが何になるか話し合い、この木を眺めました。もっとも、復活祭の日の朝、花が咲いていようがいまいが、奇跡的な果実がもたらされることにちがいはありませんでした。すべての枝にタフィー・キャンディやペパーミント棒あめ、ペロペロ・キャンディが実っていたのです。細かく切った薄緑色のティッシュペーパーでできた「巣」には、砂糖をまぶしたアーモンドやチェリーのキャンディ、ガムドロップ、チョコレート、マシュマロ、ジェリービーンズなどがありました。これはもちろん、イースターうさぎが産んだものなのです。たわわに実ったシュガー・プラムの木から果実をもぎとると、おばあちゃんが子どもたちに配ったファンシー・バスケットはみるみるいっぱいになりました。この果実の収穫が、モンタギュー家の子どもたちにとって、復活祭のもっともスリリングな時でした。
イースターうさぎを信じるほど幼かったのは、この年、ロバート、ルーシー、ファッジだけでした。夕暮れ時、幼児がベッドで寝かされたあと、シュガー・プラムを飾り付けるのは、年長の子どもたちの楽しい仕事でした。もちろんソフィーにも飾り付けの手伝いをすることが期待されていました。飾り付けのお菓子を子供たちが欲さないように、前もって、夕食のデザートのかわりにキャンディがかれらにわたされました。そしてジャスパーは道具部屋から脚立を、ほかの子どもたちはキャンディのはいった箱やバッグ、グラス・ペイパーや針金ひと巻き、ハサミがはいった頭陀(ずだ)袋をもってきました。かれら五人はとても忙しくなりました。
うれしいことには、プラムの木の花はタイミングよく咲きました。色とりどりのおいしいものがピンクの花びらの内側から神秘的な姿をちらちらと見せました。モリーとアンドリューは木の周囲をまわり、ペロペロ・キャンディやペパーミント棒あめを手の届く範囲内の枝に飾り付けました。コリンは芝生の上にすわり、「巣」を作りました。ソフィーは「巣」を木の幹が交差したところにさしこみ、さまざまなお菓子を置きました。ジャスパーは彼女の上ではしごに足をかけ、さらに上の枝を飾りつけていました。
しばらくはだれもが黙ったまま作業をつづけていました。たまたまジャスパーが下に視線を落とすと、ソフィーが自分のかかえている箱からチョコレートをつまんで口にほうりこむのを見てしまったのです。彼女はもうひとつ、さらに三個目のチョコレートを口にいれようとしていました。
「おい、ソフィー! 何やってんだ?」彼は叫びました。
彼女はすぐに見上げました。その頬はふくらみ、かすかにピンクがかっていました。
三人は花々のなかで、驚きのあまり、ぽかんとしました。
モリーとコリンは目をみはっています。
「現行犯でつかまえたぞ!」アンドリューは叫びました。
ソフィーは急いでかんで、のみこみ、抵抗するかのようににらみ返しました。「どうしてあなたのキャンディを食べてはいけないの?」
「どうしてなの、ソフィー・バニスター!」モリーは腹を立てて異を唱えました。「夕食をたくさん食べたばかりじゃないの」
「ばかみたいな大麦糖の棒あめをなめただけよ」
「あしたになれば、チョコレートやボンボンあめをたらふく食べられるわ。わたしたちみんな食べるのよ」
「でもソフィーは待てないんだよ」皮肉っぽくアンドリューが言いました。
「ランチのあと、イースター・エッグ探しをするんだよ」ジャスパーは思い出させるように言いました。「前にも話したけどね。シュガー・プラムの木は小さな子どもたちの楽しみなんだ」
「子どもたちがこれをみんな食べるなんてありえないわ」とソフィーは言いました。「もし食べるんなら、たしかに数があわなくなるけど」
「あした全部食べるわけじゃないわよ」モリーは説明しました。「わたしたちは、子どもたちが病気にならないか、見なくてはならないの。子どもたちは復活祭のかごにキャンディをいれておうちに持って帰るの。そしてときどき少しずつ食べるの。コリンの誕生会の六月おわりまで、イースター・キャンディは残っているはずだわ」
ソフィーはよそよそしい態度で聞いていました。そして頭を振って言いました。「キャンディひとつくらい、わたしに譲ってもいいはずよ。ゲストはほしいだけもらえるはずでしょ。あなたたちのなかで育ちのいい子がいるなら、わたしに譲ってもいいってわかるはずよ」
「もしあんたが、じぶんで言ってるように育ちがいいなら」アンドリューは怒って言いました。「ていねいに、キャンディをいただけますか、とたずねるべきだ。そしたらぼくらがことわるはずがない」
ソフィーは地団駄を踏みました。「いったいぜんたい、あんたがなにえらそうにわたしのふるまいについて講釈するのよ! 愛想のないおばかで、みにくい、田舎者のガキのくせに!」
ジャスパーがはしごを降りてきました。彼もひどく怒っています。「おそらくぼくらは田舎者のガキだ。あるいはそうじゃないかもしれない。でもこれだけは言っておきたいんだ、ソフィー・バニスターさん。こっそり近づいていただいちゃうなんて、育ちがいいとはいえないな」
ソフィーはキャンディの箱を地面に投げつけると、プラムの木から家のほうへ駆け出しました。そして階段を駆け上がって、二階の両親の寝室にはいり、母親の腕の中にとびこみました。むせび泣きしながら、おそろしいいとこたちにののしられたと主張したのです。「それにわたしのこと、育ちが悪いっていうのよ」
アリス・バニスターはあわてふためきました。彼女は娘の頬の涙をぬぐいながら、なぐさめのことばをかけました。そして直接じぶんの母親のところへ行って、甥(おい)や姪(めい)がソフィーをいじめていると訴えたのです。
「ショックよ、娘がこんなひどい目にあわされるなんて。ランチのときだれも娘に話しかけなかったことに気づいたわ。娘はここではよそ者。友だちがほしいだけなのに、ほかの子は娘と仲良くしようとせず、歓迎してもくれない。北部の人が南部に行ったときみたいに、娘はみんなから悪く言われるの。育ちがよくないとかって!」
エミリーおばあさんは目を細めて考え込みました。「育ちがよくないですって! そんなことばづかい、ここの子どもたちから聞いたことないわ。この子たちのことばじゃないってこと。口げんかしてるとき、ソフィーがこのことばを口にして、子どもたちがそれを返したんでしょう」
「まあ、それはともかく、ソフィーにたいして失礼な態度をとるなら、ソフィーのほうに分があることになるわね。この子たちこそ、ほんとに育ちがよくないわ。ひどすぎる。ソフィーは人一倍、礼儀正しい子なのよ。完璧な小さなレディだって、だれもが言ってくれるのに」
「ソフィーの態度や話し方はとてもいいと思うわ、アリス。でも小さな女の子としては、こうるさすぎるのよ。子どもたちからすれば、気取り屋に見えるのね」
「でもお母さん、これだけは言わせて」アリスは反論しました。「いとこたちはソフィーを模範にすることで得することもあるはずよ。すくなくともゲストにたいしてどうふるまうべきか学ぶことができるわ。だからママ、いとこたちにあやまらせてちょうだい」
「アリス、そんなことできないわ。両方の言い分を聞かないであいだにはいることはできないわ。告げ口屋にはなりたくないの」
「でもお母さん!」アリスは怒りをおさえきれませんでした。「トラブルが起きたとき、じぶんの両親に打ち明けられないなんて、とても悲しいことだわ。秘密をしゃべりまわるのとはちがうわ」
「あなたは、ちがうわね。でもモンタギュー家の子どもたちはしゃべりまわるわ」
アリス・バニスターは腹を立てたまま、部屋を出て行きました。お母さんはえこひいきしてるわ、孫娘のなかでももっともできのいい子のよさがわかってないわ、などとブツブツつぶやきながら。