ばけ猫オパリナ あるいは九度転生した猫の物語 

ペギー・ベイコン 宮本神酒男訳 

 

第九の生(1966 トリックかトリートか 

 

 それは9月の学校がはじまる前夜のことでした。

「オパリナ、ぼくとエレンは明日学校に行くんだ」とフィリップは明言しました。「だから夜、宿題をすまさなくちゃならないんだ。ジェブはひとりでここにやってこれないからね。週末以外は会えなくなったってこと」

「ええ、でもあなたたちに見えなくても、あたしはあなたたちが見えてますから。人間が遊びふざけているのを見るのはほんとに楽しいです」

「そんなに遊びふざけてるわけじゃないよ」少年はいいました。「ぼくたちが勉強しているところを見ても面白くないでしょう?」

「それにわたしたちを見ていてほしくないわ」エレンは叫びました。「見えないだれかに監視されてるとしたら、おぞましいことよ。なにごとにも集中できなくなってしまいそう」

「ふたりの小さいベンジャミン・ペイズリーみたいに本にかじりついているなら、もうあなたたちを見なくてもいいわね」オパリナはそう反論しました。「いまからあたしの存在を忘れてもけっこう。お昼寝します。静かな世界へ行ってきます。冬眠ね」そういいながらオパリナのからだはシュルシュルとちぢまり、ツメを引っ込め、両目をしっかりと閉じ、霧のボールのようになりました。

「まだ冬眠にはいることはないよ」フィルは抗議しました。「土曜の夜になったらまた会えるんだから」

「オパリナさま、女王閣下殿!」エレンは嘆願しました。「起きて、話のつづきをしてください。ミス・パンキーとブリット一家にあのあとなにが起きたのでしょうか」

 オパリナはしぶしぶと片目をあけました。

「まあ、たっぷりと話して聞かせたいところです。ビンゴはミッドウェスタン大学の神話学の教授になりました。彼と妻、子どもたち、両親、ミス・パンキーはいっしょにすてきな古い農場に住んでいます」

「それはそうと9番目の生について話してくれないの?」フィリップがせかしました。

「9番目の生! 少し落ち着いてください。これまでのところなにも特別なことは起きていません。それがベストであることを望んでいます」

「それっていまのこと?」年長の子どもたちがオパリナをじっと見ました。

「そうですよ、もちろん。9番目の生はミス・パンキーがこの家をあなたたちの両親に売ったときにはじまったのですから。クララ・パンキーが出て行き、あなたがた家族がやってきたのです」

「ミス・パンキー!」フィリップは叫びました。「おとうさんがミス・パンキーからこの家を購入したなんて、初耳だよ」

「ほかに物語はないの?」エレンは泣きそうな顔でききました。

「それはあなたたちしだいですね」オパリナはきっぱりといいました。「あたしが提供してきた面白い話、これはまあ自伝みたいなものですが、それのみかえりに少しだけ興奮させるような話でもないもんですかねえ。あたしばかりが話すんじゃ……」

「でも話すようなことはなにもないわ」とエレンがいいました。

「なにもないからってぼくたちがわるいわけじゃない」とフィル。「ここじゃなにも起きないんだ」

「あんたたちはほんとにおばかさんね」オパリナは舌打ちしました。「あたしの姿があんたたちのつまらない生活のなかにあらわれたこと自体がすごいことじゃないの」

「感謝してもしきれないって感じています」とフィルはいい、エレンはうなずきました。「あなたを知ったことは、いままでの人生のなかで、もっともすばらしいことだと思っています」

「いままで起きたことのなかでもっともありえないことです」フィルも同意しました。「でもぼくたちからいうことはなにもありません。だってあなたはなんでもご存知でしょうから」

「ぼくたちは世界でもっともファンタスティックな猫を飼ってるんだ」ジェブは自慢げにいいました。

 オパリナは愛情をこめた目でジェブを見つめました。「若者は不平をいうものではないわ。真の哲学者は上品なマナーをよく知り、優雅に話すことができるのよ。彼はけっしてバカ騒ぎはしないわ」

 フィリップは面倒に思いながらいいました。「ジェブはあなたのいうことを聞いていないんだ。たんにすわるのが好きで、あなたを見ているだけなんだ」

「美しきものは永遠につづく喜びだわ」オパリナは顔や耳をきれいにしながら満足げにのどをゴロゴロ鳴らしました。

「ぜんぶすばらしいですよ! あなたはとても美しいって、だれもが認めていますよ。でもあなたの自伝にお話がほしいのなら、なにか面白いことが起きないと」

「それなら外へ出て行って、なにかを起こさせなさい!」オパリナはピシャリといいました。あごを両前脚の中に沈めながら目を閉じたかと思うと、彼女はすやすやと眠っていました。

 ふたりの年長の子どもたちはオパリナの理解しがたい態度に当惑しました。

「ぼくたちがおもしろい話を考え出したところで、それが現実になるわけでもないし」とフィリップはつぶやきました。

「オパリナを喜ばせるにはどうしたらいいのかしら。オバケってなにを喜ぶのかしら」

「それはちがうと思うな、エレン。オパリナはじぶんになにが起こるかなんて期待していない。ぼくたちに起こることを見たいだけなんだ。彼女がいうように、起きていることを見るだけなんだ。彼女にとってそれは映画を見に行くようなものだ」

「冒険の物語の筋を考えて、それを演じるとか、できるものかしら」エレンは疑わしそうにいいました。

「冒険なんて、たまたま起きることだろう」フィルはそうこたえました。

「まあそうだけど。でもわたしたちになにができる?」

「それが問題だ。なにができるかぼくにはわからない。考えてみなくちゃ」

 

 つぎの数週間、ほかに考えるべきことが山ほどあったので、フィリップとエレンはオバケのことをほとんど気にしませんでした。学校を変わるというのは簡単なことではありません。フィンリー家が町に住んでいるとき、フィリップとエレンは幼稚園のときから毎年、おなじ学校に通いました。かれらは教師も生徒も全員よく知っていました。クラスメイトの多くが友だちでした。荒れ野原村の学校にはじめて行ったとき、顔なじみはひとりもいませんでした。

 荒れ野原村の子どもたちは、町の子どもたちよりも互いをよく知っていました。どの家族も何世代も前から住んでいたので、なんらかのかたちで関係がありました。兄弟であったり、姉妹であったり、いとこ、はとこ、またいとこであったり、旧姓を共有する遠い親戚であったりしました。トランブル、ペイズリー、モンタギューを名乗る家はたくさんありました。エバンス、グラント、カバーリー、パンキー、ホーリーを名乗る家も少なくありませんでした。じっさい子どもたちは小さなサークルを作っていたので、よそものはなかなかはいっていけなかったのです。フィリップとエレンは学年がちがっていたので、それぞれ「見知らぬ者ばかりの海原」を漂流しなければなりませんでした。フィンリー家の子どもにとって、とくに女の子にとって、学校生活のはじめは苦難の連続でした。

 授業がおこなわれているあいだは、十分にたのしいものでした。エレンのクラスを担当するミス・ブラッドリーはとても親切な先生でした。新参者にたいしてできるだけ早く慣れるよう手助けしました。エレンはとても聡明で、飲み込みも早いほうでした。教室のなかでは、恥ずかしがり屋ではなくなりました。しかし校庭やランチルームにいるとき、エレンは孤独をひしひしと感じたのです。

 休み時間になって、生徒たちがみな外に出ていくと、エレンひとりが残されてぽつんと立ちつくしました。すべての遊びが彼女抜きで進行していました。しばらく外側から彼女は声がかかるのを待ちました。しかしだれも彼女の存在に気づいていないようでした。

 きまりがわるく、人目にもついたので、エレンはするりと抜けて教室のじぶんの机にもどりました。そこで翌日に提出する宿題にとりかかりました。

 お昼時、エレンのクラスメイトたちはランチルームのいくつかの長いテーブルに着きました。エレンもそこにすわったのですが、だれも話しかけてきませんでした。授業以外で接することがなかったので、かれらの会話に彼女はついていけませんでした。かれらのほとんどは性格がよく、とても親切でした。問題は、かれらがたがいをよく知っているのにたいし、彼女のことを見かけでしか知らなかったことです。

 エレンの席は教室のうしろのほうでした。両隣はアーマという名の太った女の子とビルという名の静かで大きい男の子でした。アーマはなまけ者で、授業をほとんど理解していませんでした。勉強しているふりはしていましたが、教科書を立て、そのうしろでコミックを見たり、お菓子をかじったりしていました。アーマはよく口ごもったり、朗読がうまくできなかったり、質問にこたえられなかったりしました。そんなときミス・ブラッドリーがエレンを指名すると、彼女は正確にこたえることができました。アーマの顔は「ふん!」といった感じで、不機嫌な表情がよぎりました。

 ある日、休み時間が終わって男女生徒みなが教室にもどってくると、エレンはすでに着席していました。アーマは大きな声でみなに聞こえるようにいいました。「おや、まあ、もうすわっていたのね! ミス物知り屋さん! がり勉さんよね、あんた」

「わたしは物知りでも、がり勉でもありません」エレンは奮然としてこたえました。「私は来たばかりで友だちもいません。だから宿題をやっていたのです」

「それだけかい、言いたいのは」アーマはからかうようにいった。「まあ、ひとつだけたしかなことがあるわ。この子は先生のペットってことよ。いい子ぶってる。いつも休憩時間に勉強ばかりしている。そういのをがり勉っていうのよ」

 エレンはたじろいでだまってしまいました。ほかの生徒たちはじっと見つめるだけでした。左隣の静かな少年だけが口をひらきました。「アーマ、なに食べてるんだい」ものうげに言いました。「勉強してなにが悪いんだい。アーマもときには勉強したらどうだい。きっと役に立つよ。行儀わるいことしないで、黙っているだけでもね」

 子どもたちのあいだにこの発言に納得するような空気が広がりました。アーマは顔を真っ赤にして憤然としています。なにか言い返そうとしているとき、ミス・ブラッドリーが机の上のベルを鳴らし、授業の再開を知らせました。

 エレンにとってはラッキーなできごとでした。アーマはクラスメイトからあまり好まれていなかったのです。いっぽう、ビル・トランブルはリーダー格で、人気があり、クラスメイトに影響力を持っていました。アーマはエレンをあざ笑ってそのぶんじぶんを優位にするために、みんなの注意を彼女に向けさせたのでした。ところがビルがエレンを守ったため、かえってエレンのほうが知的で魅力的に見えました。子どもたちは彼女と友だちになろうとしました。あいだの壁がなくなったので、エレンはクラスメイトの仲間にはいることができました。

 こうしたあいだ、学年が上のフィリップもトラブルをかかえていました。運動神経がよく、妹よりも大胆な彼はたくさんの少年と友だちになりました。しかしはじめからウィルバー・グラントという名の少年とうまくいきませんでした。ウィルバー・グラントはアーマの兄で、いじめっ子でした。彼は背が高く、クラスのだれよりも年長でした。というのも試験に失敗してずっと7学年にとどまっていたからです。

 学校の二日目、休み時間のとき、年長の生徒たちが校庭の片方でキャッチボールをしていました。そのとき校庭のもう片方にいた一年生の小さな生徒がボールをこぼしてしまいました。ボールは年長の生徒たちのあいだにころがったのです。それは赤、白、青に彩色され、その上から星印の金メッキがほどこされた大きなゴムボールでした。なかなか凝ったしろものだったのです。小さな生徒はボールを取りに走ってきました。それを手に取る前にウィルバーがとりあげ、あざけりながらこれはオレのものだと主張したのです。

 小さな子どもはわっと泣き出しました。「ボール、その子に返してやれよ」フィルが要求しました。

「おまえはだまれ!」ウィルバーはボールをはずませ、少年にたいしニタニタ笑いながら叫びました。

 なんと下劣なやつでしょう! それを返してあげて、とあたしはいいたいところでした。

「おまえはオレに命令するのか?」ウィルバーはそう叫び、ボールを空中にほうりなげました。

 フィルはジャンプしてボールをつかみ、子どもにトスしました。子どもはボールを手に取ると、あわてて走り去りました。

 ウィルバーはひどく怒っていました。「おまえはひとのことにかまうなよな」そういうと、彼はフィルに向かっていきました。取っ組み合いになり、フィルはウィルバーの下に押さえ込まれました。

 くんずほぐれつの争いになり、かれらは泥のなかをころがりました。ほかの少年たちがまわりにあつまり、そこにリングができたかのようでした。フィルはひどいパンチを食らいよろめきましたが、騒ぎを聞きつけた校長のジェンクス氏がやってきて、ケンカをやめさせる前に、なぐってウィルバーの目のまわりに黒あざを作ることができました。

 フィルはかなりやられてしまったのですが、傷やあざはウィルバーの目の黒あざほどには目立ちませんでした。目のあざは人目につき、一晩消えることはありませんでした。ウィルバーの目のまわりはいろんな色に変わりました。その一週間、このことは人の口にのぼることが多かったのです。これは誤解ですが、フィリップはケンカに勝利したと思われました。

 ビッグ・ウィルバーがずっと年下の少年に負けたという噂は、学校中に広がりました。それとともに、ウィルバーは恐れるにたりないという意見が一般的になったのです。

 ウィルバーは大きくてとても強いと考えられてきました。でももはやだれも彼を恐れていないのです。彼はすっかり自信をなくしてしまいました。いっぽうフィルはゴリアテを退治し、弱者を助ける英雄として称賛されました。

 数週間のうちにフィルにはジョン・モンタギューという名の親友ができました。エレンはビル・トランブルと仲良くなりました。ビルは一学年下の妹のバーサをエレンに紹介しました。

 十月のある土曜日、フィリップとエレンはジョン・モンタギューとトランブル一家を家に招きました。きらめく朝、秋の霜が神々しく輝いていました。子どもたちはピクニック・バスケットにランチをつめ、森へ向けて出発しました。

「ベイツィ・ディグスの洞窟が見つかるといいんだけどなあ」準備をととのえているとき、フィルはそういいました。

「ぼく、そこへ行く道、知ってるよ」とジョン・モンタギューはいいました。

「洞窟?」

「ベイツィ・ディグスってだれ?」トランブル家の人々がたずねました。

「すごく変わった年寄りの隠者で森に住んでいたんだ」ジョンがこたえました。「死んでからずいぶん時間がたつけどね。フィル、どうやってその話、知ったんだい?」

「だれかに教えてもらったんだよ」フィルは慎重にこたえました。

「ぼくたちの家族以外、ベイツィ・ディグスを知っている人がいるとは思えないけどファッジおじいさんがぼくを洞窟につれていってくれたとき、ベイツィについて話してくれたんだ」

「ファッジだって!」フィルが気をつけろと目で合図したのをかまわずに、エレンは叫びました。「モリー・モンタギューの赤ん坊だった兄弟がファッジと呼ばれていたわ」

 ジョンは困惑しながらも、エレンにウィンクしました。「そのとおり! だけどどうやって知ったの? ぼくの大叔母のモリーはおじいちゃんの姉だったはず……でもフィル、エレン、ふたりはどうやってそのことを知ったの?」

 エレンはどうしたらいいかわからなくなってしまいました。フィルが助け舟を出しました。「みんな聞いて! さあ、ここにインディアンの小道があるんだ。ここを通っていこう。ジョン、きみに先頭を行ってほしいんだ」フィルは妹の腕をとり、わざとすこし遅れました。

「頼むからすこしおとなしくして」彼は妹の耳元でささやきました。「ちゃんと脳みそ使って! オパリナのことを話さないかぎり、ぼくたちは説明することができないんだからね」

「どうしてしゃべっちゃいけないの?」

「どうしてって、そりゃ、だれも信じてくれないからさ」

 インディアンの小道は、モンタギュー家の双子が若かったころのようには草ボーボーではありませんでした。森林局がはいり、全体を監視するようになったからです。熱心な局員たちが若木を切り、下生えを除去し、道を広くきれいに使えるよう熊手でととのえたのです。森の入り口には、かれらによって「インディアンの小道」と書かれた赤い大きな看板がかかげられていました。これだけでもう冒険気分はそこなわれてしまいました。

 子どもたちは3キロほどこの簡単なルートをたどりました。それからジョンはこの小道をはなれ、荒れ野にはいっていきました。それはいままで以上に起伏の多い地域でした。深い森を抜けると、開けた場所に出て、そこには小川が流れていました。エレンとフィリップは、そこが、ペリーが隠者とはじめて会った場所であることがわかりました。

「サークル状にならんだ石、そこで彼はアヒルを調理したんだ!」フィルは興奮を隠しきれず、ささやきました。「それから、見て! これが、鉄串として用いたゲートの一部にちがいない」彼はさびた鉄の棒を指してそういいました。

 かれらはみな落ちこぼれないように懸命に丘をのぼっていき、洞窟のある崖をめざしました。しかしようやく洞窟の前にたどりついたとき、エレンとフィルはがっかりしました。時間の経過というものにたいして、これっぽっちも考えていなかったのです。

 あわれな老人のベイツィが亡くなってから長い時間がたち、彼の持ち物もなくなっていたのです。彼の「我が家」をあたたかく、快適にしていた、土の床をおおっていた毛皮の敷物もなくなっていました。麻袋や釣り竿、銃などもなくなっていました。ベッド代わりに使っていた貯蔵袋も腐り果てて、なくなっていました。彼が生きていたあかしとなる唯一の形見はディナー・テーブルでした。木の幹の根本の丸い部分です。しかし洞窟内の空気はもはや松葉の甘い香りではなく、かび臭くて酸っぱい、腐食のにおいでした。フィンリー家の者にとって、友だちをひとり失ったかのように、これがもっともつらいものでした。

 ほかの三人の子どもたちはそのようには感じませんでした。かれらはオパリナが話したベイツィが作り出したすみかについて知らなかったので、変化、つまり荒廃を感じ取ることができなかったのです。その奇妙な老人の写真がなかったので、かれらはベイツィを悼むことができませんでした。フィンリー家の子どもたちとちがって、ジョンやペリー・モンタギューのひ孫たちは、祖先のことをほとんど知りませんでした。ベイツィ・ディグスについて彼は聞かされたことがなく、トランブル家の者はその名をまったく知りませんでした。しかしそのことで心が折れるわけではなく、それどころか、フィンリー家の友人たちはこの洞窟が魅力的な場所であることに気づきました。

 屋根から石や芝土のかたまりが落ちて、ベイツィのテーブルの近くの地面に積もっていました。一条の日光が差し、それが洞窟のなかで放散していました。壁という壁がみずみずしく輝いていたので、だれも懐中電灯をもちこもうとは思いませんでした。子どもたちはこの薄暗がりのなかで知らないものを求めて、歩き回ったり、かぎまわったりしました。

 子どもたちはいくつかの小さなものを見つけました。ジョンはインディアンの顔が刻まれた1セント銅貨をひろいあげました。ビルは古びたジャックナイフを見つけました。エレンが発見した壊れた陶器は、ベイツィがロウソクを立てた皿の一部と考えられました。もっともすばらしいものは、バーサが見つけました。

 彼女は目の高さにある岩の穴をつついていました。そこにはリスがナッツをためていたのです。最後の砕けた木の実の殻を引っ張り出すとき、彼女の指はかたくて冷たいなにかに触れました。それを穴からつまみ出すと、彼女は得意げにいいました。「見て、これ!」

 となりにいたフィルが感嘆の声をあげました。「「それ、ホイップアーウィルという呼子だよ!」

 おなじく呼子のことを忘れていたエレンも叫びました。「それ、ペリーがベイツィにあげた呼子よ」

 兄と妹は魔法をかけられたみたいにじっと見つめました。

 ほかの子どもたちもじっと見ました。そしてフィルはエレンへ視線を投げ、エレンはそれをフィルに投げ返しました。

「どういうこと?」

「なんのこといってるの?」

「ホイップアーウィルだって?」

「ホイップアーウィル呼子ってなに?」

「それはホイップアーウィル・ヨタカの鳴き声みたいな音がする銀の呼子のことよ」とエレンは説明しました。

「どうやってそれがホイップアーウィル呼子だって知ったんだよ」ジョンが追及しました。

「まあ、ともかくわかったんだよ」フィルはおじけることなくいいました。「信じないなら、それを吹いてごらん」

「吹いてみてよ、バーサ」ビルがうながしました。

「できないわ」と妹はこたえました。「つまってるもん」

「さあ、ぼくがなんとかしてみるよ」フィルは呼子をとろうとしましたが、バーサは持ったままはなそうとしませんでした。

「じぶんでなんとかする」とバーサはいって、髪からヘアピンを抜くと、殻をほじくり出しました。そして呼子をスカートでみがき、深呼吸をして、思い切り吹きました。

 つんざくような音が空気を切り裂きました。それは魔法の音のようでした。はっきりして、すずやかな、ホイップアーウィル・ヨタカの三つの音調の鳴き声です。まるで生きているかのような声で、恥ずかしがり屋の小鳥が影の多い洞窟内のどこかに隠れているとしか思えませんでした。かれらはこのオモチャにみせられ、順繰りに呼子を吹きました。それからフィンリー家以外の子どもたちはフィンリー家の子どもたちにいっせいに質問を浴びせました。

 ふたりのどちらかでも呼子を見たことあるの?

 ふたりは首をふりました。

 見た瞬間にどうやってそれが呼子だとわかったの? 

 落ち着かない様子でエレンとフィルはたがいを見ました。

 そしてペリーがベイツィにそれをあげたことを、エレンはどうやって知ったの? 

「それにペリーってだれ?」バーサはききました。

「ペリーはぼくの曾祖父の名前だよ」ジョンはいいました。「ペリー・モンタギュー。ファッジおじいさんのお父さんだ。ぼくが小さいころに亡くなった。だからぜんぜん知らないんだ。いったいどうやってぼくのひいおじいさんのことを知ったんだい?」

「だれかが話してくれたんだ」とフィルはこたえました。「モンタギュー家のふたごと銀の呼子について」

「だれって?」

「なにを話したの?」

「さあ教えて」

「話してよ! お願いだから! わたしの呼子についての話を聞きたいわ」バーサが要求しました。

「その呼子、あなたのじゃないわ」エレンはいいました。

「わたしのものよ! わたしが見つけたんだから。見つけた者に所有の権利あり、っていうわ」

「それはジョンのものよ」

「どうして?」

「ペリー・モンタギューのものだからよ」エレンはそう主張しました。

「わかるかい?」ジョン・モンタギューは力強くいいました。「かれらはぼくの親戚なんだ。つまりきみたちが聞いたことを知る権利がぼくにあるということだ」

 突然、猫のオバケのことをいわずに、モンタギュー家のふたごの話を語ることができるとフィルは気づきました。オパリナはこの物語のなかでは重要な役割を持っていないのです。「わかったよ」と彼はいいました。「小川までおりていって、ランチを食べて、それから話全体を語ることにしよう」

 それからかれらは洞窟をあとにして、空き地まで下り、ピクニック・バスケットをひらいて腰を下ろしました。

 日差しはとてもあたたかでした。谷間をそよ風が吹きわたりました。ベイツィの囲炉裏のかたわらの芝地にかれらはすわり、夢のような静けさのなか、サンドイッチをほおばり、ジンジャーエールをのみました。まわりはすべて森で、丘はたくさんの色が映えた秋のコートを着ていました。フィリップのひびきわたる声のなかにも、コオロギのリンリンという鳴き声や小川のせせらぎが聞こえました。

 フィルはふたごがカンバーランド家のこうるさい祖父母のうちを訪ねるシーンから話しはじめました。ジョン・モンタギューは、曾祖父のペリーやペリーのふたごの兄弟パトリックの話に耳を傾けながら、時の分厚い暗い壁の小さなのぞき穴をのぞいているような興奮を覚えました。そして話が進むにしたがい、魔法がかけられたみたいになり、丘の洞窟や谷間、サークル状の石がある森の空き地などの過去のことであふれんばかりでした。

「これで物語は終わり」フィルはそういいました。

「なぜジョンが呼子をもつべきか、これでわかったでしょう」エレンはバーサにいいました。

 少女は顔を上げ、手のひらの呼子をなでました。無言のまま、でも長いため息をつきながら、彼女はそれを少年にわたしました。

「ぼくたちの先祖の何人かがきみたちの家に住んでいたようだ」ビルはゆっくりといいました。「トランブルという名の聖職者がこの家を建てたんだって。18世紀のはじめのことらしいよ」

 エレンとフィルは押し黙ったままでした。

「わたしのうちに小さな肖像画があるわ」とバーサはいいました。「きれいな若い婦人の肖像画よ。名前はアンジェリカ・トランブルだってお父さんが言ってた。ずっとむかしの曾祖母ね」

 フィンリー家の子どもたちはなんとか口を閉ざしたままでした。

「彼女は赤と黄色の縞模様のドレスを着ているの」バーサはつづけました。「彼女は毛がふさふさした白い猫を抱いているの」

「オパリナだわ!」エレナは思わず叫んでしまいました。それからあわてて両手で口をふさぎました。フィルはあわてて泡をとばしながらつくろおうとしました。「おお、エレン、あれほど……」

 質問が火花のように炸裂しました。

「オパリナだって?」

「オパリナってどういう意味?」

「猫の名前よ」エレナはどうしようもないといったふうにつぶやきました。深みにますますはまりこんでしまいました。「彼女が荒れ野原村に来たとき、つれてきた猫よ」

「荒れ野原村に来たときってどういうこと?」

「ベンと結婚したときってことよ」

「ベンってだれ?」

「ベン・トランブル」

「聖職者ってこと?」

「いや、聖職者の長男」

「エレン、それ以上しゃべるなよ」兄は妹をしかりつけました。

「すべてを話してちょうだい」バーサは懇願しました。「モンタギュー家のふたごやベイツィについて話してくれた。お願いだから、わたしたちの家族についても話して」

「話してくれなかったらフェアじゃない」ビルは厳しく要求しました。

「ほら、だからいっただろう」フィルは声高にいいました。

「呼子に関してもお兄さんはおなじことをしたじゃないの」エレンは反論しました。「ホレースやサウルのことも話せるわ。だってオパリナはまだ生きているんだから」

 たしかにそうだな、とフィルは思いました。そこで、エレンがいったことの意味について厳しい質問が飛ぶ前に、彼はオパリナの最初の生について話しはじめました。

 フィンリー家の友人たちはアンジェリカ、ベン、小間使いの少年ホレース、サウル、紛失した宝石、秘密部屋に閉じ込められたペルシア猫の話にすっかり夢中になり、しばらくだまりこみました。

 しかしフィルが話しを終えてすぐ、ジョンが口をひらきました。「なにがショックかって、きみたちがここに来てわずか二か月なのに、こういった話をしっていることだよ」

「もしきみたちが荒れ野原村の歴史や地元家族の年代記を発見したのなら、見せてほしいな」とビルはいいました。

 三組の熱心な視線がフィンリー家のふたりにそそがれました。フィルはサッと立ち上がり、ピクニック用のバスケットをつかみました。「いっしょにわが家へ行こう。秘密の部屋を見せてあげるよ」

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