『英国できごと史』に描かれる驚異的なできごと 

石から出てきた犬やヒキガエル、闇の扉の向こうの光の宴 

 

 ニューバーグのウィリアムが注目したのはグリーン・チャイルドだけではなかった。ほかの驚嘆すべきことの筆頭にあげているのが不思議な岩から出てきた犬たちの話だ。

 ある石切り場で巨大な岩にくさびを打ったところ、割れ目から2匹の犬が飛び出してきた。岩の中の洞(ほら)に閉じ込められていたのだが、どうやって呼吸していたかはわからなかった。犬の種類は狩猟犬の一種ハリヤー犬である。獰猛そうな顔つきをして、耐えがたい臭いを放ち、毛がなかった。2匹のうち1匹はすぐに死亡したが、もう一匹は食欲旺盛で、何日も生き(長く生き)、ウィンチェスター主教ヘンリーに可愛がられた。

 これもなかなか理解しがたい伝承だ。作業中の人間たちが目を離したすきに2匹のハリヤー犬が入り込んだのではないかと勘繰りたくなる。しかし、おそらく神犬の由来伝説の話(犬版孫悟空?)なのだろう。ウィンチェスター主教が所有していた優秀な狩猟犬は聖なる岩から生まれたのだ。このハリヤー犬は原種のようである。フォックスハウンドの血が混ざって、現在のような姿になったのであり、当時は毛がなく、ツヤがある、怖い容貌をした狩猟犬だったのだろう。

 ほかの石切り場では、建材として使えそうな石を探して掘っていくと、美しい二重石が見つかった。これは二つの大きな石が、粘着性の物質によってくっついていたらしい。驚いた労働者たちがそれを主教に見せると、近くで目にした主教はそれを切断するよう命じた。
 しかしそうすることで謎が増えることになった。そこに洞(ほら)があり、首に黄金の首飾りを巻いたヒキガエルがいたのである。眺めていた人々が驚くなか、主教は石を閉じて(くっつけて)石切り場に投げ捨て、瓦礫で覆うよう命じた。

 これもまた奇妙な説話である。石切り場が物語のロケーションであること、石の中の密閉された空洞から犬やヒキガエルが出てきたことなど、両者には共通点がある。犬が神の犬なら、カエルも神のカエルなのだろうか。首に金色の模様が入ったヒキガエルがこのあたりに生息しているのかもしれないが、いまのところ確認できていない。

 私の生地から遠くないディアイラ管区で起きた驚くべきことは、子供時代から知っていた。東の海岸から数マイルのところに村があった。その近くにジプスという有名な泉水があり、いくつかの源から水が湧き出ていた。それは大きな流れとなり、低地を滑るように流れて海に達した。これらの流れが干上がったときは、いい徴(しるし)だと言われた。というのも流れは未来の飢饉を起こす災害の前兆とみなされたからである。

 この村のある百姓が、近くの村に住む友人を訪ねたあと、夜遅く、ほろ酔い気分で自宅に向かって(馬に乗って)いた。すると向こうの丘から、歌声やどんちゃん騒ぎの音が聞こえてきた。村から数百メートルほどのところである。真夜中の静寂(しじま)を破って騒いでいるのはだれだろうと思って彼はその音のほうへ近づいて行った。

 丘の側面に扉があった。扉が開いていたので中をのぞくと、広い屋敷があり、煌々と灯りがともるなか、たくさんの男女がいた。彼らは荘厳な宴であるかのようにきちんと坐っていた。彼が立っているのに気付いた出席者のひとりが彼に杯を渡した。彼は杯を飲み干したかったが、ぐっとこらえ、中身を捨てて、杯だけを持ってその場を立ち去った。

 杯が持っていかれたことに気づいた出席者の間からざわめきが起きた。そして彼らは彼を追い始めた。しかし彼は馬に飛び乗り、必死に村にたどりついた。

 彼が持ち帰った杯は類まれなものだった。知られざる素材から作られていて、色は尋常でなく、奇異なる形をしていた。それは英国の長老王ヘンリーへの贈り物だった。それはその後王妃の兄弟であるスコットランド王デーヴィッドの手に渡り、何年もの間王国の宝として保管されたものだった。その後スコットランドのウィリアム王のとき、ヘンリー2世に返却されたという。

 どうも論理的一貫性に欠けた筋と言わざるを得ないが、ある種、異界との遭遇体験といえなくもない。作者(ニューバーグのウィリアム)はこれを「悪しき天使(evel angels)」か「呪術師(magicians)」のなせるわざとみなしている。

 昔の日本や中国ならキツネのせいにするだろう。キツネがまばゆい世界を作り出したのなら、翌朝訪ねればそこには家屋の残骸や墓場があるだろう。しかし英国の説話(ここでは歴史上の実話として語られているが)では、きらびやかな人々は主人公の百姓をばかそうとは考えていない。

 この伝説的逸話からいくつかの情報をくみ取ることができる。一つは、この地方、たとえばエドムンドの教会に国宝級の宝(杯)が所蔵されていたということだ。それが現在もあるかどうかはわからない。
 もう一つは、異界との遭遇伝説が英国にもあったことである。普通の人間がこの世界に入ることは許されていないが、たまたま扉が開いていたために、中を覗くことができた。そこは死の世界であり、永遠の世界でもあった。中に入り、杯の酒を飲んでいたら、彼はこの世に戻ってくることはなかっただろう。


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