レコン八大成就地
シャルツァン一世によれば、蓮華生(パドマサンバヴア)は雪国チベットに降臨し、百の化身としてあらわれ、神鬼妖魔を調伏した。その聖地のひとつがレコン八大成就地だという。「その名声たるや日月のごとし」と、その語勢にも誇りが感じられる。具体的にはロンウ寺後方のセク山(se ku)とシャチョン山の間である。これは九つの方角に分けて説かれる。
中央部
中央に位置するのがヤーナンチャン(Yar nang 'phrang)。そのカルゴンドン山(mKhar gong dong gi ri)麓に突き出た小丘が菩薩の成就された聖地。丘のまわりは非人の地である。この菩薩は、破仏のランダルマ王を刺殺したラルン・ベルギ・ドルジエ(Lha lung dPal gyi rdo rje)のことだとされる。
東方
ダフロン山(sTag lung dpal kyi ri bo)は、シェジ・オデ・クンジェ(Shel kyi 'o de gung rgyal)が成就された聖地。岩の上には、自然にできた赤い花の模様と三つの文字が遺されている。(伝説ではシャチョンの矢が刺さったところ)
ジョモドチャン・ゴンマ(Gyo mo'i edo 'phrang gong ma)はパドマサンバヴァが羅刹女(Srin mo)を制圧した聖地。パドマサンバヴァの脚印が遺されている。
土鼠の年(1168年)にはディグン・ラマ・リンチェンサンボ(Bri gung bla ma ring chen bzang po 簡称ディグン・リンポチェ)がこの地にやってきた。タクツァン・ラモ(sTag tshang lha mo)で強盗に襲われたときは、呪法を使って駆逐した。その脚印がツォロンチユカ(mTsho rong chu kha)にのこる。
ここに高弟のユチョン・ファルサン(Yul skyong dpal bzang)が抜け落ちていない角を一本残した鹿に乗ってやってきた。鹿は草地で草のなかに角を差し込んだので、ここはシャルスク(Sha ru zug 鹿角を差し入れる、の意)と呼ばれるようになった。
また高弟ツォンカ・ドルサン(Tsong lha'i rdor bzang)は黄金の九尖金剛杵を空中に放り投げたところ、三日三晩浮いていた。
高弟ツォイ・ゲ二ェン(mTsho bZhi'i dge bsnyen)は太鼓の上に結跏趺坐し、太鼓をぽんと叩いた瞬間、山頂のほうまで飛んでいった。
彼らは神の啓示にあらわれたメンリ・ナクショ(sMan ri nags shod 森下薬山)とダク・センゲ(Brag seng ge 獅子岩)を探す旅に出た。
彼らを導いたのは、三羽のカラスだった。シェゴン寺址を通ってレコン谷口にたどりつくと、漢人風の男があらわれ、カルゴンドンナ(mKhar gong gdong sna)まで連れていくと、忽然と消えた。
そして三羽のカラスは獅子岩に墜落して鳴いていたかと思えば、また飛び立ち、草地に落ちて、姿を消した。そこへ行くと、不思議なことに、ディグン寺護法殿にあるはずの四面謙法神(mGon po zhal bzhi pa)のタンカがあったのである。
彼らはこの地に禅室を建て、こもって修道に励んだ。生活が苦しくなると、彼らは本尊に祈りを捧げた。すると本尊がおおせになった。「右方向に泉がある。泉のなかに青色の宝石とガルーダ修法のための法器があるだろう。そこから悪竜(ル)の足跡をたどっていけば、食べものや財物が入手できる」 と。
本尊のいうとおりに七日間の法事をおこなったところ、漢人風だが目に青みを帯びたふたりの男が訪ねてきた。「ラマはいるか?」。従者が「はい」とこたえると、ふたりの顔色が紫になり、シューシューと息を吐くと、ふっと消えた。
師(ディグン・リンボチェ)は「悪竜の気が増大している」といった。
七日後、またふたりの男が訪ねてきたが、従者は「ラマたちはいません」とこたえた。
ツォイ・ゲニェンが戸口まで出てみると、男たちは死んでいた。ひとりの頭髪には緑色の宝石が、もうひとりの頭髪には水晶があったので、それをむしり取った。宝石はきりがないほどあった。それらは竜宮の財宝だったのである。この場所はコルルン(dKor lung 財宝の谷)とよばれるようになった。
ディグン・リンボチエはツォイ・ゲニェンに鉄の九股金剛杵や経典、四面護法神タンカ、ならびに獅子岩を賜った。
ゲニェンの三人の子の末裔からツォイ村ができた。リンボチェはほかのふたりの弟子にもたくさんの経典や仏像、聖地を賜った。
聖地のひとつ、象が臥した姿の山には、のち、レコン禅院の祖、タシチ寺(bKra shis khyil)が建立された。この周辺のトンボド(mThopo'i mdo)の巻貝状の地には埋蔵経典がたくさん眠っている。
カルルン(mKhar lung)の鉄匠の穴では上下がさかさまになった鉄塔が作られた。悪竜や妖魔、刹鬼を駆除するためである。
東南方
ジャンプ・ラダクカルポ(sPyang phu'i lha drag dkar po 狼谷白色神岩)の上でシャルツァンは菩薩の化身と十六尊者のすがたを見た。岩の上に法身、報身、化身、五仏などさまざまな像を見ることができた。
『蓮華生伝』に出てくるロドン・ルンバ・ナクポ(Ro dong lung pa nag po)は、ジャンロン(sPyang lung)に比定される。
ここの巨岩の上にパドマサンバヴァに調伏された羅刹(Srin po)が仰向けになった痕跡がある。
さらに近くにマソ・シリウルワ(Ma gsod zhi li 'ur ba)が修行したジャンガラツェ岩洞(sPyang gi rwa rtse phug pa)がある。
「母殺し」のウルワについては前章のマパの伝説参照。
南方
ダムウ・ダカルセンカン('Dam bu'i brag dkar gser khang)はリチョ・アジャリ(sLob dpon 'phags pa Li khrod)が成就された聖地。ここの白岩水晶山洞のなかで修行するプパという者がいた。
かれは癩病にかかったが、金剛手菩薩を修することで全快した。いま、ここにはタンプ温泉が湧き出ている。
西南方
タームクゾン・マル寺(mTha' smug rdzong dmar pa)はアティ呪師(ンガッパ)ユトク(A thu'i sngags pa gYu rdog)が成就された聖地。
タークムゾンの洞窟で成就したのは息子のアティ・セポ・ユトク(A thu'i sras po gYu rdog)。かれのまえに吉祥天母があらわれ、氏族の守護神となることを言明した。
かれは八部神魔衆像を下僕のごとく使役するころができ、木に火を起こすことができた。また魔鬼の頭を裂く太鼓ももっていた。
西方
シェデチュ宮(Shel del chos kyi pho brang)はシェギ・カデオジェ(Shel gyi Ka de'o rgyas)が成就された聖地。あるいはオデシャンポ導師(sTon pa 'O de sham po)が成就された聖地。
西北方
ジャカンネモ(sKya rgan gnas mo)巡礼地はセイ・ジャワシャンチュプ(bSe yi rgyal babyang chub )が成就された聖地。岩洞のなかに字母があり、五部仏種子が天然に形成されている。
ドリニン山(do ri nyin)もまた聖地。仏殿を建てるとき、護法神の力によって、森林の木が川の上を流れてきた。
北方
ゴンモグルカン岩(Gong mo'i gur khang brag)の下は、ボン教導師ナムカ(Bon kyi ston pa nam mkha')が成就された聖地。
タンカム岩(Thang skam brag)の下はボン教呪術師ジャンパ・ナムカ(sNgag Bon Dran pa nam mkha')が成就された聖地。これらの岩壁には天然の沈香樹が生えている。
東北方
第11番目聖地シェジ寺(bCu gcig shes kyi dgon pa)はカトゥ・ドルジェワンポ(Kathog rdo rje dwang bo)が成就された聖地。ここには自ら成った勝楽像、金剛亥母像、八大近侍菩薩像、蓮華大師像から水晶瓶、杵鈴、宝傘、勝幡、楽器まで、さまざまな珍奇な品物にあふれている。
チュワ・リンボチェもリジャ修行者シェラブ・センゲ(Li kya sgom rgan Shes rab sengge)もここで修行した。チュプジャ修行者ゲドゥン・シェラブ(Gru kya sgom chen dGe 'dun rab)はここに仏殿を建てた。
シャルツァン一世もここで修行し、その手印と脚印が岩上に遺っている。シャルツァンの弟子ジャムランジャンパ・ジンパジャツォ ('Jam rab 'byams pa sbyin pa rgya mtsho)は13年間も閉じこもって修行した。これら修行者はすべてラルン・ベルギ・ドルジエの弟子だともいう。