祭礼の主役、ハワ
一世紀も前に鋭くもアーノルド・ヴァン・ゲネップが指摘したように、シャーマニズムという言葉はあいまいなうえに、危険な誤解を与えることがある。註1
しかし、シャーマニズムという言葉で括れる現象があり、世界中にそれが見いだされるのもたしかなことである。レコンのハワ(lha pa)もまた、エリアーデが定義した典型的なシャーマンではないにしろ、シャーマンたる特質を十二分にもっている。註2
その特質とは、シャーマンになるときのイニシエーション的なプロセスだ。病気にかかったり、あるいは精神的危機などに陥ったりしたあと(巫病という)、それを先達のシャーマンの力添えによって克服し、神や精霊と交信する能力を得るにいたる、というのがもっともオーソドックスなパターンだろう。ハワもまた、チベットの他地域でバウォやチョキョンとよばれるシャーマンと同様、精神的危機に陥ったあと、活仏の導きなどによって克服し、精霊と交信する能力を得てシャーマンになるという点ではそのパターンを踏襲しているといえる。註3
同時にハワは他のシャーマンといくつかの点で異なっている。まず特筆すべきは、ハワの祭礼時における地位がきわめて高く、仏法の守護者でもあり、簡単に憑依する市井の霊媒師とは異なるという意識が浸透していることだ。村人はハチャンカの際、ハワが家々をまわるときも、神廟で神憑かっているときも、神仏に礼拝するかのように五体投地をして崇めるのだ。
ハワは祭礼期間中、ほとんどつねに半神潜かりの状態(唇をふるわせ、頬をふくらませる)にあり、祭のパフォーマー(軍人とよばれる)を統括する指揮官のような役目をはたす。一般人の理性ではなく、神の理性によって動いているのだ。祈祷師・ヒーラー的な要素は比較的少なく、もっぱら神と人間のあいだの仲介役を請け負う霊媒である。神の降りる器となることで、病気のアドバイスをしたり、事故や不幸の厄払いをしたりすることもある。
なんといっても、共同体における精神的支柱であることが大きい。だからこそ文化大革命前後の時期をのぞき、村でハワが欠員になったときは、あらたなハワを探し出すため村の若者全員を招集し、堂に一週間こもらせて神憑かりを待つというような信じがたいほど面倒くさい作業を行なってきたのである。
シャーマニズム学の面からひとつ注記しておくと、シャーマンは「憑依型Jと「脱魂型」に二分されると考えられてきた。ハワはあきらかに「憑依型」である。註四 しかしソグルのハワが堂内で槍を構えたまま、何十分間も恍惚とした表情を浮かべて動かず、ときおり馬に乗り、槍を振りかざすしぐさをするのを見ると、戦神ダンドゥに憑依されたあと「脱魂」し、敵(=魔)と戦っているとしか思えない。もっとも、当人に憑依期間の記憶がないため確認することはできないのだが。