つぎに、何人かのハワの実例を示したい。

タンゼンブム(Ting 'dzin 'bum

 サフチ。33才。石油公司勤務。漢族の女性と結婚し、一女をもうける。

 十人兄弟姉妹の八番目。上から、男(56)女(48)女(45)女(42)男(39)男(37)男(35 インド在住)男(タンゼンブム本人)男(30)男(28)という構成。

 父親はよく知られたキャリア40年のハワだったが、八八年に六二才で亡くなった。

 長い間のブランクののちルロル祭が復活したのは一九八四年。しかしタンゼンプムの父親ハジャ・ツェラン(Lha skyabs tshe ring)が亡くなると、ハワ不在となり、偽ハワでルロル祭を乗り切った。ハワ不在の間、偽ハワが唇をふるわせ、頬をふくらませてハワのようにふるまう情景はけっして珍しいものではない。

 92年、若者全員をシャチョン神廟に集め、数日間こもらせ、その間シャチョンの経文を読経させた。神がかった者が四人いた。ロンウ寺のシャルツァン活仏はそのうちふたりに憑いたのは悪霊にすぎないと断じ、残るふたりをハワと認め、ハゴシ儀式(lha sgo pye)を行なった。ハゴシとは神の扉をひらく」という意味である。ハワ(ラバ)やパウォと呼ばれるシャーマンや神授型ケサル叙事詩人(ドゥンパ)は、はじめにこのハゴシ儀式を受けることが多い。これはチベット的なシャーマンのイニシエーションだといえるだろう。

 94年、もうひとりのハワが事故死したため、それ以降はひとりで重責を担うことになった。十年目を迎え、タンゼンプムはレコンの代表的なハワど目されるようになっている。

 もともとお告げはしなかったが、最近は訓戒のようなお告げもする。ことばではなく、胸を叩くなどのしぐさで神意を側侍の者(従兄弟や長老)に伝える。タンゼンプムはルロル祭のとき以外はほとんど活動しないが、父親は活動範囲が広かった。病気になったとき、商売をはじめるとき、戦争に出かけるとき、また探し物をしているとき、人々はハワのもとにやってきた。治療行為などをしたわけではなく、神意を知って治療法をアドバイスしたり、占いをしたりした。

 憑依する神は、シャチョンとラルゾンとマッホン。憑依のしかたによって、神を識別することができる。神憑かりのときの記憶はない(そもそも、記憶があるとなると、ほんものではないということになる)。憑依状態のとき酒は飲まない(しかし実際は飲んでいるように思える。嘔吐するところを見たこともある)。