シャムワ・ザシ(Byams pa bkra shis

 ソグル。39歳。農民。

1992年冬、三十年ぶりにハワを選ぶことになった。ハゴシをするのはケンチェン活仏(mKhan chen rin po che)だった。18歳~35歳の若者、合計77人が寺の堂に集められ、一週間とじこもって経文を読経することになった。外部との接触は禁止され、差し入れの食べ物を食べることしかできない。一週間後、10人の若者が憑依状態に陥っていた。彼らはさらに十日間、経文を読経しつづけることになった。シャムワはその間、からだの不調を感じていた。熱っぽく、薬を飲んでも神がかった状態になった。からだ中に痛みを感じ、食欲がなく、無理に食べると吐いた。とくにダンドゥ経(dGra 'dul)を読むと、いっそうからだが痛くなり、我を失って茶碗を放り投げた。

 その頃、シャムワは夢を見た。白髭の凛々しい馬に乗った武将が、手に矢をもち、かれのほうに近づいてきた。武将は白いカタ(儀礼用スカーフ)をかれの首にかけようとするが、シャムワは拒絶する。つぎの夜も夢を見た。やはり武将はカタをかけようとするが、なおも抗おうとしたので、武将はシャムワを地面に倒した。そして馬の蹄でシャムワのからだをぐちゃぐちゃになるまで踏みつけた。

 十日後(開始から十七日後)、四人が憑依状態にあった。村の長老たちは四人の名簿をケンチェン活仏に渡した。活仏はふたりの名前を選び、護身結(pyag mdud dmar po)を与えると、他のふたりは何事もなかったかのようにおとなしくなった。憑いていたのは黒い霊だったのである。

 シャウ(小ハワ)はハワに選ばれたことを喜び、家族も賛成したが、シャムワはそうではなかった。シャムワの父も、むかしハワを見た記憶があり、そのときハワになるのはたいへんだと思ったという。シャムワはその夜、ひそかに別の活仏に頼んで、ハワにならないための護身結をもらおうとした。するとそのとき突然、地震が起きたかのように建物が揺れ始め、屋上を馬が走る蹄の音が鳴り響いたのである。

シャンワはケンチェン活仏のところへ行き、ハワになりたくない旨を泣きながら訴えた。しかし活仏は言った、「扉の前に来たのだから、もう後戻りはできない」と。シャンワは観念してハワになると決めた。

 シャンワはハワになることに乗り気でなかったのに、レコンでももっとも有名なハワになった。かれの真骨頂は、最終日の夕方の堂内での巫儀だろう。はじめシャンワは憑依状態で坐ったままジャンプしたり、走り回ったり、まるで狂人のようにふるまう。ダンドゥ神はあらぶる戦争の神なのである。しばらくするとシャムワは急におとなしくなり、パドマサンバヴア像の前で槍をもち、ひたすらじっとする。およそ二〇分間、身じろぎをしないのである。

このとき、ダンドゥ神が憑依し、からだを脱け出した魂(神が憑依した魂)は敵と戦っていたのではないかと思われる。ただハワはこのときのことは記憶にないといい、確かめる手立てはない。

 シャムワがこうして瞑想状態にある間、小ハワと村人たちは村の端まで行き、ゾッホグ儀式を行なっていた。