リンチェン・ドルジェ(Rin chen rdo rje)
ホルジャ。24歳。農民、画家。
ホルジャ村のハワが長らく不在であったため、1996年6月26日、長老が集まって話し合いをもった。そしてチョゲン活仏(Khri rgan)に助言をもとめた。活仏は、18歳から35歳の男をマッホン神廟に集めて身を清め、ハワを選ぶ儀式を行ないなさいと言った。
村人たちは言われたとおり若者を神廟に集め、一晩とどめ置いた。
翌日ハワ選びの儀式を行なった。最初は30歳から35歳の男を神廟のニェンチェン像の前にならべた。このとき村のアンチュ(在家僧)がカンガ経を誦した。ほかの年代の男たちはサンを焚き、太鼓を叩き、雄叫びをあげたりしたが、だれひとり神がからなかった。つぎに25歳から30歳の男たちにたいして同様の儀式を行なったが、やはりだれひとり神がからなかった。18歳から25歳の若者に儀式を行なうと、九人もの若者が憑依状態になった。
村人たちは九人の若者を活仏に引き合わせた。活仏がシャンダ(護身結)という聖なる赤いひもをそれぞれにかけると、ひとりだけ憑依状態になった。それがリンチェン・ドルジだった。活仏は彼をハワに認定した。
活仏は呪術的な力をもっているとリンチェンは信じている。チョゲン活仏の力によって神はひとのからだに入ってくる。神はおなかから入ってくると、活仏に言われたという。また活仏がマニ(オンマニペーメフーム)を唱えると憑依するという。
神が入ってくるとき、まず膝がふるえ、それからおなかに(神が)入り、全身に広がる。神が憑くと、からだが大きくなる。シャツもズボンもパンパンになり、顔も大きくなる。
酒の撒き方など、具体的な所作も活仏は教えてくれた。
最近になってようやくお告げ(神語)が語れるようになった。
神が降臨するためには、村全体の同意が必要。個別の現象ではなく、共同休の構造の要であることが、このことからもわかる。
リンチェンはハワになる前、予兆となる夢をいくつも見た。
① マヌガン(Ma ni sgang)という丘にのぼると、たくさんのお坊さんが経をよんでいる。丘のまわりにはきれいな花が咲き乱れていて、そのなかで村の若者がみなハワになっている。
そのときチョゲン活仏がリンチェンの名を呼び、こっちへおいでと、手招きする。
②トキガン(Thod gi sgang)という山の上に白い雲があり、長い服を着た三人の男がバターを溶かしている。村の入り口(nkhar sgo)では迎えの準備をしている。そのなかの年寄りたちが「あの三人はアンニ・ニェンチェンとソンチョ・トルジヤ(Sras mchog tho ru rgyal)ママラガレ(Ma ma lag dgu ru)だ」と教えてくれた。するとリンチェンに神が憑き、みなでマッホン神廟に向かった。
③ マッホン神廟内のニェンチェン像が言った。「もしあなたがハワなら、海の上にある太陽と月をもってきてください」。海ははてしなく大きかったが、リンチェンは空を飛び、太陽と月を取ってきた。
補足
半世紀以上も前にソグルで起きた「事件」について記しておこう。当時のソグルのハワは家畜泥棒だった。ある年ハワは神がかり、神話で村人に命じた。「わたしは悪い男だ。わたしを殺せ」と。村人はハワをひきずっていき、首に縄をかけて崖から突き落とした。
ハワの神語はおそらく翻訳されたものであり、実際にしゃべったのかどうか疑いが残る。態のいい村による処刑だったのかもしれない。
このハワの息子は僧侶となり、85歳で1995年に亡くなった。
註
1 Arnold Van Gennep "Shamanism is a dangerously vague word"(1903)"Shamans through time" (Narby & Huxley 2001) 所収。
2 Mircea Fliade "Shamanism" (1964)
3 永橋和雄『チベットのシャーマン探検』(河出書房新社 1999)
チベットを代表するシャーマン、ネーチュン・クテンに関しては、「チベタン・プルテイン」に詳しい。"Tibetan Bulletin" July-August 1992
4 神が憑依することをチベット語でハパブ(lha bab)という。この場合のバブは雨が降るなどの降るであり、上方から神が降ってくるようなイメージがある。