幻想鏡界
宮本神酒男

Satpara Lake upside-down
さかしまのサトパラ湖


異界への入り口を私は知っている。
それはパキスタン北部バルチスタンのサトパラ湖だ。
湖面を見つめるうち、
向こう側の光の世界へ私は飛翔していく。

唐が勃律と呼んでいた7世紀後半のバルチスタンに
吐蕃(ヤルルン朝チベット)の軍隊が入ったとき、
兵士たちはこの不思議な湖に驚き、
神の遍在を感じたことだろう。

その証拠に、彼らはこの湖のすぐ下方の巨岩を穿って、ブッダやマイトレーヤを造出していたのである。



チベット文字の碑文が刻まれた磨崖仏の前に立つと、傷ついた心が癒される。この磨崖仏のできた時期ははっきりしないが、荒々しい侵略の時代を経て、平穏な日々を送るようになった征服者が鎮魂の意をこめてつくったものにちがいない。

種明かしをすれば、1枚目の写真は、2枚目の写真をひっくり返したもの。私は湖岸に立ち、湖の鏡面を見ている。

3枚目(下)の写真を見れば、風景が対称性に満ちていることがおわかりいただけるだろう。対称線が交わる島の中央部は、エネルギーが集まる特異点だ。古代、ここで瞑想した修行者や聖者がいたのではないかと思う。

*注 湖中の島での瞑想は古くから修行法のひとつとしてあった。よく知られた例として、ココノール(青海湖)の島で修行した僧シャブカルがいる。舟が帰ってしまうと、泳がないかぎり島を出ることができない。冬季は湖面が凍るので歩いて陸に戻ることができたが。チベット・チャンタン高原のタロクツォ湖の島でもギェルプンパは同様の修行を行なっていた。