シャンバラとケサル王 (宮本編) 

ヴィクトリア・リページ 『シャンバラ』 

Victoria Lepage19112013)はオーストラリア・キャンベル生まれの精神世界をテーマとした作家、研究家。主な著書はこの<Shambhala(1996)と<Mysteries of the Bridechamber(2011)

 

3章「宗教の花輪」より 

 モンゴルだけでなく中央アジアのすべての地域においてシャンバラは、ポスト共産主義の世俗時代の今日でさえ、場所、人種、宗教の違いを超えて、現実的な影響をいまだに及ぼしている。

 とくに、ほとんど近代以前の状態の高地アジアの荒涼とした山岳地帯で、シャンバラの伝説と歌、「世界の王」についての数多くの物語、王の予言と軍隊、王の守護神、地下の空洞でとりおこなわれる聖なる儀礼などが、語られ、歌われてきた。またマイトレーヤやモンゴルの英雄王ケサルの伝説と融合した。

 

<注釈> 

 ケサルは11世紀のチベット・カム地方の英雄王。ニンマ派のラマはケサルを彼らの祖師、インドの聖人にして宣教僧、パドマサンバヴァの化身とみなしている。ケサルは地下の王国シャンバラに、救世主ルドラ・チャクリンとして生まれ変わるときが来るのを待っているという。また蛮族の悪魔的な力から世界を守るべく、時代の終わりに戦士の一団の長として馬に乗って現れるという信仰がある。

徐々にケサルの英雄的な姿は、マイトレーヤの姿と融合してきた。マイトレーヤは第5番目のブッダであり、未来のブッダでもあった。それは中央アジアに流布していた終末論的な運動の要だった。

 

[註(宮本):本文を執筆したとき、著者はケサル王をモンゴルの英雄ととらえていたようだ。米国版が出版されたとき(著者はすでに85歳)注釈にあえてカムの英雄王と加えたのは、それを是正するためである。ただし英雄叙事詩のケサル王物語がチベット全体に伝播した段階では、実在していたとされるカムのケサルのことはほとんど知られていなかった。カムのケサルはチベットのケサルに変じていたのである。

 大林太良が『神話の系譜』(1986)のなかで西村真次の『大和時代』(1922)を引用し、ゲセル・ボグド(ブリヤート・モンゴル族の神話中の英雄)とアメワカヒコとを比較しているが、この際もゲセル(ケサル)がチベット起源であることが無視されている。モンゴルに天孫降臨神話があることは疑いの余地がないが、この部分に限って言えば、チベットの天孫降臨神話がもとになっている可能性があり、そのことが検証されないことには疑問が残る。

これは、モンゴル人やモンゴル系の人々自身が、ゲセル(ケサル)をモンゴル発祥の物語とみなしていたことに起因しているのだろうか]