シャンバラとケサル王 (宮本編)
チョギャム・トゥルンパ 『シャンバラ』
シャンバラ王国はいまなおヒマラヤのどこか人里離れた谷間に眠っていると、チベット人の間では信じられている。数多くの仏教の書物にも、シャンバラ王国へ行く道のりが詳しく記されているが、そのほとんどは方向が曖昧で、それが文字通りに受け止められるべきなのか、ある種のたとえ話なのか判然としない。
多くの本にはまた、シャンバラ王国自体のことが具体的に描かれている。たとえば19世紀の著名な仏教の導師であるミパムが著した『カーラチャクラ(時輪経)注解』によれば、シャンバラの地はシータ河の北にあり、国は8つの山脈によって分割されているという。
リクデン王家、すなわちシャンバラ王国の統治者の王統の宮殿は、国の中央にある円形の山の頂上に建てられている。ミパムが言うには、この山の名はカイラーサである。カラパの宮殿と呼ばれる宮殿は広大無辺だった。宮殿の南側の前面にはマラヤとして知られる美しい公園があった。そして公園の中央には、ダワ・サンポによって建てられたカーラチャクラに捧げられた寺院があった。
ほかの伝説によれば、何世紀も前にシャンバラ王国は地上から姿を消していた。ある時点でシャンバラの社会は覚醒した段階に進み、王国は消え、天界の領域に移行したのである。
これらの伝説によれば、シャンバラのリクデン王たちは人間世界を監視しつづけている。そしてある日、人間を破壊から救うために地上に降臨するのである。
多くのチベット人は、偉大なるチベットの戦士王リンのケサルはリクデン王およびシャンバラの知恵に鼓舞され、導かれていると信じている。これは王国が天界に存在しているという信仰の影響を受けたものだ。ケサルはシャンバラに行ったことがあるとは考えられていない。それゆえケサルにとってのシャンバラは、霊的な存在なのである。
ケサルは11世紀頃に実在し、東チベットのカム地方にあったリンという小王国を統治していた。ケサルが戦士として、支配者として偉業を成し遂げて行く物語はチベット中に爆発的に広まり、チベット文学におけるもっとも偉大な英雄叙事詩となった。
伝説によれば、ケサルはシャンバラから、軍隊を率いて、世界の暗黒勢力を征服するために、もう一度地上に降臨するという。
近年、一部の西欧の学者は、シャンバラ王国は歴史上かなり早い時期に存在した王国、たとえば中央アジアのシャンシュン王国を指すのではないかという。しかしながら、多くの学者は、シャンバラの物語は神話にすぎないという。シャンバラを純粋なフィクションとみなすのは簡単なことだが、この伝説のなかに、よき人生、満たされた人生を渇望するという根本的な、人間的な表現を見ることも可能なのだ。
実際、多くのチベット仏教の教師の間では、シャンバラ王国は外的な存在ではなく、覚醒や健全さの土台や根本として、すべての人の心の中に存在するものとして考えられていた。この観点からいえば、シャンバラが実在するか、フィクションかという問題は重要ではないと言うことになる。そのかわり、われわれはシャンバラが代表する覚醒した社会という概念を評価し、学ぶのである。