シャンバラとケサル王 (宮本編)
エドウィン・バーンバウム
『シャンバラへの道』(足立啓司訳)
シャンバラの名に触れているチベット伝説を見ると、その力点が悪の力からこの世界を解放する救世主の予言に置かれているのがわかる。国民的な叙事詩、ケサルの詩に登場する英雄は競馬に勝って自分の王国を取り戻すと、チベットに巣食う悪魔を滅ぼし、遠くモンゴル、ペルシャまで遠征して割拠する蛮族を摧破する。
ちなみに、このケサルの詩は、今日に至る何世紀もの間に、詩人やラマたちによってさまざまな挿話が付け加えられ、その結果、仏教の教義を説明するものへと変形してしまった。
事実、ニンマ派においてケサルはその創始者パドマサンバヴァの化身として考えられている。そして、彼がいない間にはびこっていた悪魔どもを一掃するために、再びケサルの姿となって出現すると信じられているのだ。
ケサルが仏教を保護し、広めた人物であったとされていく過程で、彼は次第にシャンバラの未来の王と同一視されるようになっていった。その結果、多くのチベット人が、ケサルとその兵士たちが、やがて隠された王国に再生して北方から再びこの世に出現し、今度はチベットだけでなく全世界を悪魔の力から解放するに違いないと信じるようになったのである。
また主だったラマたちもその多くが、ケサルとシャンバラ二つの伝説を結びつけて考えている。とりわけ、もっともよく知られたシャンバラ道案内書の著者であり、未来のシャンバラ王ともみなされている第三世パンチェン・ラマは、このケサルの詩に深い関心を寄せていた。
ところで、ケサルが王国を取り戻し、敵を討つために乗る馬は、シャンバラとケサルの詩に重要なつながりを持たせている。それが最もよく表れているのは、19世紀に一人のラマが体験したという幻視で、その中で彼は馬に乗ってシャンバラに行っている。
ケサルの詩のいくつかの異本は、ケサルの馬が空中飛行の超能力を持ち、実はあるよく知られた菩薩(ボーディサットヴァ)の化身であることを述べている。
同様に、さらにもう一人、別のラマが、未来のシャンバラ王の愛馬を、夢の中で見ている。
また、チベット絵画の中にも、この馬にうちまたがって悪の力と最後の戦いに赴く未来のシャンバラ王を描いているものは多い。
ここに我々は、[白い馬、あるいは何か特別な馬に乗って、戦いに打ち勝つべく出現する者] という、世界中の民間伝承や神話にきわだって共通するモチーフを見出すことができるのである。
[註(宮本):原注によれば、ケサルの馬の幻視を見たのはトゥブテン・ジャムヤン・ダクパ(Thub bstan ’jaam dbyangs grags pa)である。これについてはスタンの<l’epopee tibetaine de Gesar dans sa version lamaique de Ling>(1956)に詳しい。もうひとりのラマとは、ジュ・ミパムのことだろうか。
またケサルの馬が菩薩(ボーディサットヴァ)の化身であるというのは、愛馬(キャンゴ・ウェルバ)がタムディン(ハヤグリーヴァ)すなわち馬頭明王(馬頭観音)の化身とされることを指している]