18 アシモリへの道:ラワン族(ドゥロン族)

 ラワン族とドゥロン(独竜)族が同一であるとするにはなお議論の余地があるが、基礎語彙がほぼ一致する以上、同民族といってもさしつかえないだろう。中国側の居住区、独竜江で送魂路を探し当てられなかった私は、ミャンマー側にそれを発見したとき、望外の喜びを得た。

 ひとや動物は生きている間、ブラと呼ばれる魂をもっている。死ぬと、プラはアシと呼ばれる亡魂に変わる。祖先たちのアシすべてがつどう場所がアシモリ(ラワン族はアシモン)である。

 アシモリというのはいわば影の世界である。現世界とほぼ同様で、東西南北があり、山、水、樹木、村なども変わらない。いたるところにヨモギが生え、アシたちはそれを使って小さな家を建てる。ブタ、牛、ニワトリ、羊がたくさんいて、大地はそれらの糞にあふれ、清潔とは言いがたい。これら家畜のアシは生前とおなじ主のもとで飼われている。人のアシは生前とおなじ家族のなかで生活し、嫁に行った場合、もとのうちで暮らすことになる。

 アシモリで結婚したり子どもを生んだりすることはない。アシたちは播種、採集、漁労、編み物、建築なども営む。村の日常生活は頭領が管理し、紛糾すればそれなりに処理解決する。生前に行いがよくなかった場合、ここで懲罰を受ける。>(蔡家麒)

 日中、外に出ると、すべてのものが影をもつことを発見する。この地上には、陽に対する陰、この次元に対する別次元のように、もうひとつの世界が影として存在する。アシモリは影の次元に存在するのである。ということは、祖先のたどってきた道を遡らなくても、アシモリに瞬間移動できてしまうことになる。中国側のドゥロン族に送魂路が見つからないのは、こういった事情があったからだ。

しかしミャンマー側に送魂路が存在するのは、かつてはアシモリがはるか遠くの民族の原郷にあったと信じられていたことを示している。伝承によれば、ラワン族の民族移動経路はジンポー族のそれとよく似ていて、モンゴルに発し、青海・甘粛地方を経て、イラワジ川源流(チベット自治区のナチュ付近)から自治区東南のツァワロンまで南下する。そのあとミャンマー北東部から独竜江にかけて散らばっていくのである。送魂路と民族移動経路がどの程度一致するかは、地名に不明なものが多く、はっきりしない。

 以下、三つの送魂路を挙げたい。

 

送魂路1:パングラン・ヤンウェン → チャンマ・プララム → …… → ナサ・ロンウェン → アシ・ナンドル → アシモン、ダンロン・モン

送魂路2:アシ・ゴンドン → ナンボン・マルプ → …… → ドドムロン・モン → ズパン・モン・タラ → リクパン・モン → …… → アシモン

送魂路3:ロンバンカ → ダゴ・グンレ → アシ・リントゥン → マタ・マリン → アショム・タラトゥク → ドンギャ・シグン → …… → アシモン

 

 中国東北やモンゴルまで遡れるほどの地名の数はなく、おそらくミャンマー北東隅の頂平山(Singgung Ganai, Nlung Jahtai)まで遡り、そこからアシモンの次元に入るのではないかと思うが、上記の地名には反映されていない。