19 リンブー族の指路経、サムサマ
ナシ族のトンバ、イ族のピモ、ハニ族のペイモ、ジンポー族のドゥムサやジャイワなど、チベット・ビルマ語族の祭司たちは、おどろくべき記憶力をもち、伝説、神話、歴史、物語、歌、頌などを頭の中に貯蔵している。ネパール東部からシッキムにかけて分布するリンブー族(Limbu)の祭司ペダンマ(Phedangma)やサムバ(Samba)もまた、同様にそういった神話伝承群、ムンドゥン(Mundhum)を蔵した特殊技能者だといえる。
リンブー族はモンゴルか青海・甘粛あたりからずっと移動してきて、現在の居住区にたどりついた。だからムンドゥンのなかに民族の移動経路を示すものが含まれるのは当然のことだ。なかでも注目すべきは、近年人気の高い女神ユマのムンドゥンである。
ユマはさまざまな表現によって讃えられる。
<ユマは無限で、時間を超越し、万能者である。ユマは偏在する女神で、八つの姿をもつ女神。ユマは原初の岩の創造者にして湖の娘。ユマは大地と天空の女主。>
このように神をさまざまなことばで修飾し、表現し、讃えるのはヒンドゥー教的であり、インド亜大陸に来てから生じた手法だといえる。しかしその起源はずっと北方にあったのである。
<ユマは家来や(ユマを奉じる)信者、家畜、家禽などとともにシニュク(Sinyukすなわち中国)を出発し、ムデン(Mudenすなわちチベット)に至った。彼女は進路を南に取り、山々に囲まれた湖にさしかかると、邪魔な山々を破壊した。山岳地帯を歩き回り、織り機をひろげるのにいい場所を探した。つまり人々が文明的な生活を送れるように考えたのである。各地に家来や信者を残したが、その半分は半神(サムマンSammang)であり、半分は人間だった。サムマンはパクタンルンマ(Phaktanglungmaすなわちカンチェンジュンガ峰)やケワルンマ(Kewalungma)チョンジョンルンマ(Chongjonglungmaすなわちエヴェレスト)センジェンルンマ(Senjelungma)セワルンマ(Sewalungma)などヒマラヤの高峰に住んだ。ユマは8つの川が交わるところにたどりついた。それから平原地帯を歩き回り、何人かの娘を生んだ。彼女たちは自然や生きるものの世話を担当した。ユマは7つの川が交わるところ(Koka Barah)の窪地の泉に至ると、そこから飛んで、カムブ(Khambu)やヤッカ(Yakkha)ヤクンバス(Yakhhungbas)などの峰々を訪ねた。>
ユマは近年再認識され、いくつもの寺院が建てられ、リンブー族における観音といってもいいほどの信仰をあつめている。しかしもともとはシニュク(中国)に起源があったのだ。中国といっても彼らが漢族であったわけではなく、中国西南に居住していたことを示すのだろう。ただしユマという名前の由来を考えると、中国西南の諸民族には見当たらず、チベット語のユム(Yum母の尊称)がまず思い浮かぶ。
女神ユマの来た道と比べ、リンブー族の葬送儀礼の際によまれる送魂路は具体的な地名を含まない。怒江地方のリス族の葬送歌と雰囲気はよく似ている。「サムサマ・ムンドゥン」はつぎのような内容である。
<ペダンマ(祭司)は家の外で儀式をおこない森の神タンブンナ(Tambhungna)をなだめ、先祖の世界へ向かおうとする亡魂の行く手を邪魔しないように懇願する。家の中ではケンチュリ(Khengchuri)という竹で編んだ篭が囲炉裏の上につるされる。ペダンマは外をさまよっている死者の魂を探さなければならない。ペダンマは説得して死者に、魂の席(Sam Yukna)につくよう促す。家の前でペダンマは突如震えだし、剣の先に魂をのせ、家の中に入る。死者の霊が憑依したペダンマは故人の感情を表出する。
送魂路の出発点は囲炉裏の上のケンチュリ(竹篭)である。ペダンマはケンチュリをつるすひもを切り、ケンチュリを囲炉裏のなかに投げ捨てる。それから亡魂を(ペダンマら生者の魂とともに)屋根へ上る。亡魂は屋根から転がり落ちて、溝にはまる。ミミズの助けで溝を越え、竹林や森のなかを進んでいく。植物や樹木は高度によって種類が異なるので、その名前によってどのあたりを魂が上っているのかがわかる。亡魂が生者の魂とともに山の頂上に到達すると、ペダンマはあらゆる神や精霊の名を口にし、魂を庇護し、妨害しないように頼む。さらに上っていくと、木も生えていない、鳥の声もしないところに達する。そこは霜とあられと雪に覆われていた。さまざまな職業の村を越え、雲に向かってさらに進む。村の上には低い針葉樹しか見られない。そこにはシンゴッピ・メンゴッピ・オタン(Singoppi Mengoppi Othan)という泉があり、ペダンマは亡魂に沐浴させる。そのさらに上に進むと空がいつも音をたてる山の頂上があり、そこを抜けると先祖たちの世界、サムユクナ・デン(Samyukna Den)に達する。しかしそこに到達する前、亡魂はおそろしい看守がいる8つの門を通らなければならない。ペダンマは鉄の網を着たおそろしいサムバといらくさを着たおそろしいサムバの助けを借りることにした。サムバは祭司であるが、彼らは死後おそるべきパワーを得て守護神になったのだろうか。準備していた食べ物やコインなどが役に立つときが来たのだ。こうして亡魂は祖先の世界に入ることができ、新しいメンバーとして迎えられる。見届けたペダンマらは、来た道をもどっていくのだ。>