地球内部への旅 03 プロフェッサー・ソロモン 宮本訳 目次 

アイネイアース 

 

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 ナポリから数マイルのアヴェルヌス湖という黒い湖――ラゴ・ダヴェルノ――には多くの観光客がやってくる。いったい何が人々を惹きつけるのだろうか。古代ローマ人はここを地下世界の入り口とみなしていたのである。トマス・ブルフィンチは『ギリシア・ローマの神話』のなかでつぎのように描く。

 

 ウェルギリウスがこの下界への入口と考えている場所は、私たちの心に恐ろしい、超自然的な感じを起こさせるのにおそらくこの地球上でいちばんふさわしい所ではないかと思われます。それはヴェスヴィオ山の近くの火山帯で、この辺一帯には深い割れ目があってそこからは硫黄の焔が立ちのぼっているのです。そして地面は、中に閉じこめられた蒸気のために揺れ動き、また地の底からは神秘的な音が聞こえてくるのです。アヴェルノ(ギリシア語では「アオルノス」と言い、「鳥なき(ところ)の意」湖は死火山の噴火口をふさいでいるものと思われます。幅、半マイルほどの円い湖で、非常に深く、周囲は高い堤に囲まれ、この堤はウェルギリウスの時代には鬱蒼とした森でおおわれていました。湖からは有毒な蒸気が立ちのぼるので、堤には何一つ生き物は見あたりませんし、鳥さえ湖の上を飛ぶことがないのです。ウェルギリウスによると、ここに下界へとおりてゆくことのできる洞穴があったのです。そしてアイネイアースはここで下界の神々のペルセポネーやヘカテーやエリーニュスたちに生贄を捧げました。 (大久保博訳) 

 

 観光客は湖に沿ってゆっくりと歩き、いかにも何かがありそうな雰囲気を味わいながら、地下世界へ通じているという洞窟を訪ねる。そこは駐車場からわずか200メートルにすぎない。案内人は洞窟まで観光客を連れて行き、ここがグロッタ・デッラ・シビラ、すなわちシビルの洞窟であると宣言する。「まさにここがそうだ」と彼は言う。「あのクメのシビルが住むのはここである」

 クメのシビルとはだれなのか? 彼女は予知者である。ローマ人のための最高位の預言者なのである。千年にわたって女性がその職を担ってきた。シビルになるためには何が必要とされるのか。トランス状態に陥り、アポロから霊感を得て、預言を発しなければならない。

 案内人は客を混乱させたくないはずだ。だから1マイル先にもシビルの洞窟があることは言わないようにしているだろう。だがそちらも訪れるだけの価値がある。第二の洞窟は人工物であり――クメ遺跡近くの山の中腹を掘削したもの――それにとても印象的だ。台形の形をした長い通路であり、秘密の聖所に通じている。二匹のハウンド犬に守られ、玉座に座ったシビルが預言を発するのはまさにここだった。(犬の縄は今も壁に見ることができる) 紀元前4世紀以来、この改善された洞窟が彼女の家だった。それ以前は、歴史家ストラボンによれば、湖の横の洞窟が彼女の住み家だった。

 しかしシビルはたんなる預言者ではなく、巫女でもあった。つまり死者と交信できる霊媒でもあったのだ。ある朝、霊との交信を望んでシビルのもとを訪ねたのは、トロイの皇女アイネイアースだった。


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