(3)

 ある晩、ぶらぶら散歩していると、彼らは立て坑の入口の前に出た。そのとき上の世界から雄鶏の声が聞こえてきた。地上の世界を去って以来久しぶりに聞く声だった。エリザベスはわっと泣き出した。彼女は言った。

「小人たちはいつもとても親切にしてくれるわ。でもここが本当の自分の家だと感じたことはなかった。いまわたしにはあなたがいる。でもそれだけじゃ十分じゃないの。ママやパパがどんなに恋しいことか。教会も恋しいわ。そこでわたしたちは神を崇拝しているの。毎晩わたしは教会の夢を見るわ! ハンス、小人のあいだで暮らしても、キリスト教の生活を送ることはできないのよ。それに司祭もいないから、だれもわたしたちを結びつけてくれることができない。結婚できないのよ。ここを離れて、ランビン村へ戻る道を探しましょうよ。地上に戻ってキリスト教の人々の中で暮らして、神をあがめるのよ」

 ハンスもまた雄鶏の声を聞いて心を動かされていた。エリザベスの言葉を聞いて、彼もまた自分が同じ思いであることを理解した。家族、村、そして教会。どれほど長い間これらのことを忘れていただろうか。小人の世界の甘言にどうして屈服してしまったのだろうか。そうだ、魔法にかけられたのだ! 

「きみの言うとおりだ」とハンスは言った。「小人の世界で暮らすのはよくないよ。雄鶏の声は目覚ましのコールだ。ランビン村に戻ろう。ここに来たのは罪なんだ。若さゆえということで許してほしい。でもここにはもういたくない! いつだって去りたいときに去れるはずだ」

 最後の言葉を聞いてエリザベスの顔は青ざめた。奉仕の期間のことを思い出したのだ。捕囚として彼女は五十年間小人に仕えなければならなかった。

「ああ、なんてこと。わたし、あなたといっしょに帰ることはできないわ」と彼女は言った。「五十年間小人の家で働かないといけないことになっているの。これ、法律で決まっている。あなたとランビン村で会う頃には白髪になっているわ。両親はもうこの世にいないだろうし」

 しかしハンスは彼女なしで戻ることはないと誓った。翌日彼は小人の首領たちと会った。彼らはホールの中にいっしょに坐り、飲んだり歌ったりしていた。ハンスは敬意を払いながら彼らに挨拶をし、自分が去ろうとしていることを告げた。小人の長老たちは遺憾の意を表明し、彼が健康であることを願った。それからハンスは召使の少女をひとり連れていってもいいかとたずねた。なぜならその少女と結婚したいからだと彼は述べた。

 小人の首領たちは要求を拒否した。それは法律で決まっていることだからどうしようもないと彼らは答えた。召使は五十年の勤めをまっとうしなければ去ることができないというのである。少女はそのときまで待たなければならない。ハンスは彼らに例外を認めるよう要求した。しかし小人たちの決心を変えることはできなかった。そして彼らはハンスから離れると、お祭り騒ぎを再開した。

 その夜ハンスとエリザベスは立て坑の入口の前に立ち、あきらめきれずにそれをじっと見つめた。解決策はきっと見つかるとハンスは彼女を勇気づけた。エリザベスは、しかし、頭を振るだけだった。「地上世界への入口はあるわ」と彼女は言った。「でもしっかりと封鎖されているのよ。小人がわたしを行かせてくれるわけがない」

 ちょうどそのとき立て坑からカエルがピョンピョン跳びながらやってきた。ハンスは老いぼれクラースが語っていたことを思い出した――小人たちはカエルの匂いに耐え切れないのだ。実際、カエルを一匹見ただけで彼らは苦悶の表情を浮かべるのだ。一匹のカエルで小人ひとりを脅し、何もできなくさせることができる。ハンスはカエルをつまんで背中にのせ、そのまま小人の居住区に戻った。

 翌日ハンスは首領たちにもう一度嘆願した。しかしふたたび却下されてしまった。法を曲げることはできないと彼らは主張した。少女は五十年間召使として働かなければならなかった。

「そうおっしゃるのなら」ハンスは言った。「あなたがたにプレゼントがあります」彼はポケットからカエルを取り出し、それを彼らの前に放った。

 それを見た瞬間、彼らは恐怖のあまりパニックに陥った。すすり泣いたり、吼えたり、床の上を転びまわったりした。「その不愉快な生き物をどっかへ捨て去ってくれ!」とだれかが叫んだ。

「喜んで。もしぼくの要求にこたえてくれて、召使の少女を自由にさせてくれるならですけどね」

「とっとと連れていくがよい! 法は一時停止する!」

「もう一つお願いがあります。結婚の祝儀をいただきたいのですが。一袋いっぱいの金貨ではどうでしょうか」

「持っていくがいい!」

 その日の午後、ふたりは立て坑まで送られた。彼らはもらった金貨でいっぱいの袋を釣り桶に置き、立て坑の上へ運ばせた。出入り口の扉が開き、彼らはふりそそぐ太陽光のもとに出た。

 彼らは丘の頂上にいた。ハンスは帽子を放り投げ、彼らはランビン村に向かった。

 村人たちは驚きでもって彼らを出迎えた。もう長い間行方不明になっていたのである。ハンスとエリザベスはそれぞれの家庭に戻ることができた。夏には、彼らは結婚した。

 袋いっぱいの金貨をもらったので、ハンスはいまや金持ちだった。彼は自分自身の農場を買うことができた。また彼は数々の慈善活動にいそしむことができた。ランビン村の新しい教会を建てたのも活動のひとつである。いまも立つ教会がそれである。

 


⇒ つぎ