秘宝を探して
スーフィー秘密集会
ピール・ヴィラヤト・イナーヤト・ハーン 宮本神酒男訳
創造
5.2 鏡は信頼できるのか
ハズラト・イナーヤト「魂の本性はガラスのように透明であることだ。そして片側を覆ったとき、それは鏡となる。つまり片側を覆えば魂は鏡となり、外的世界を反射するのだ。内的知識を得るためにスーフィーは魂の片側を覆い、その鏡の部分は外的世界のかわりに魂を映すことになるだろう」
イブン・アラビー「鏡にはいろいろな形があり、鏡上の物も変化するのだ。真実なるもの(神)が御自身を示されるとき、あまたの心の鏡にさまざまな形を取り、その姿をあきらかにするのだ」
弟子(ムリード)「それは鏡像として映る姿は、心の明晰さが足りなければ歪むということをおっしゃっているのでしょうか」
ハズラト・イナーヤト「心の鏡が歪むとき、それに映る像もまた歪んでいる……。あなたを恐れるだれか、あなたに反対するだれか、あなたを好む誰か、あなたを助けたいと思っている誰か、あなたについて考えている誰か、あなたの意に反しようとしている誰か、あなたのために立ち上がってくれる誰かがいるだろう。あなたの心が鏡のように澄んでいれば、これらのすべての人を遠くからありのままに見ることができるだろう。しかし心に落ち着きがなければ、ありのままに見ることができるどころか、真反対に見てしまうことになる。正が悪に、悪が正に見えるのだ。友が敵に、敵が友に見えるのだ。見えるすべてのものが逆に見えるのだ」
ピール・ヴィラヤト「鏡を内側に向けよ。そうすれば現象世界ではなく、あなたの心の世界を映し出すだろう」
シャビスタリー*「鏡の中の顔が暗くなったとき、もうひとつの(実際の)顔が暗くなっていないわけがない。第四天の太陽光線は、地球の埃を通過せずに地面に達することはできない」
*マフムード・シャビスタリー(1250−1320 1288−1340という説も)は『秘密の薔薇の庭』で知られるスーフィー詩人。
弟子「映画を作るのに光と闇が必要ということだな、わかったぞ! 見方を変えると、自分の違う面も見えてくるわけだ」
もうひとりの弟子「しかしハズラト・イナーヤト師がおっしゃるには、鏡は歪んでいるのだから、真実の姿は映し出せないというのではないのか」
ハズラト・イナーヤト「もしわれわれがボロ布をまとって鏡の前に立ったら、鏡にはボロ布の影が映るだろう。だがボロ布の影そのものが惨めなわけではない。もし真珠やダイヤモンドを身につけて鏡の前に立ったら、鏡には真珠やダイヤモンドの影が映るだろう。だが鏡がそれらを本物の真珠やダイヤモンドに変えるわけではない。魂もおなじなのだ。罪人も有徳者も、金持ちも貧乏人もそうなのだ」
弟子「私たちが好き勝手なことをしたために歪めてしまった鏡を清めることはできるでしょうか。自我にこだわるのをやめることができるでしょうか」
ピール・ヴィラヤト「人の真実なるものは幾重ものベールの奥に隠されている。そのベールは鏡像の寄せ集めみたいなものなのだ。より深いところにある本質は、表面層からにじみ出てくるのだが、自我のこだわりによって歪められている。しかし中核にあるものには、シミひとつないのだ。それが隠された宝である。深みを見る唯一の方法は、歪みを取り除くことである。つまり真正なる力によって、自身を浄化することである」
勇敢なるアーメダバードの女性ダルウィーシュ、ハズラト・ババジャンが討論に加わる。
ババジャン*「どれだけあなたやほかの人々を傷つけようとも、つねに真実だけを言ってください」
*ハズラト・ババジャン(1806?−1933)はアフガニスタンのパタン朝の貴族の家に生まれた。結婚式のときに逃亡し、ラワルピンディ(パキスタン)で師と出会った。晩年はインドのプーナに滞在し、多くの信者を集めた。驚くべきヒーリング・パワーを持っていた。
ピール・ヴィラヤト「それが第一歩であることはまちがいない。ただ、もっと深く掘り下げることが求められるだろう。内面世界を見ることによって、あなたの存在の清浄なる中核と出会うことになるだろう」
そこにアリ・ハマダーニーが参加する。
ハマダーニー*「人のなかに隠された本質というものがあることは、その人を見ればわかるものである。それは純化されるのだ。そして彼は大宇宙の中でもおなじことが起こっているのではないかと考える」
*アイン・クザート・ハマダーニー(1098−1131)はガザーリーの影響を受けた哲学者。その汎神論的な考え方のため、33歳のとき処刑された。
ピール・ヴィラヤト「(ハマダーニーの言葉について考えながら)外側に見えるものを取り払ったとき、われわれは自分自身の完全なる姿を見出すだろう。実際のところ、われわれの歪みこそが、完全なる姿へと導く鍵なのだ。完全なる姿は、歪みのなかにすでに内在しているのだ」
弟子(ピール・ヴィラヤトに向って)「ハマダーニー師は、完全なる自分を見つけるためには、欠点を取り除かなければならないとおっしゃっているのでしょうか」
ピール・ヴィラヤト「もちろんだ」
イブン・アラビー「あなたの魂が浄化され、鏡が磨かれた。しかし世界は鏡に映っているものそのものだと考えてはいけない。その浄化のなかで、また認識のなかで、あなたの魂は本質の尊厳のほうへと向けるべきである」
シャビスタリー「秘宝が見つかるのは非存在のなかです」